アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
化け物を語る男
-
「あれは、化け物だ」
首に傷のある男は繰り返し何度もそう言った。
その傷は以前についたものなのか痕になっているだけで、骨折した両手と右足は包帯でグルグルに巻かれ、殴られたのか左の頰は真っ青だ。
男は病院のベッドに寝そべって天井を眺めながら、ブルブルと身体を震わせていた。
「あれに蹴っ飛ばされた瞬間、俺の身体は宙に舞っていて……それから、地面に打ち付けられて、そんとき腕が反対方向に曲がっちまって……」
怯える男の様子は、まるで恐怖そのものが目の前にいるかのようだった。
「い、一瞬だった。一瞬で距離を詰められて、み、見えなかった……ああ、クソ!あんな森、通らなければよかった……!」
男はハッとして顔を上げた。
「う、嘘じゃねえ!あれは、あいつは……」
「……分かっている」
俺もあの力を間近にしたのだ。
俺は身体を覆っていたマントを捲ると、男の顔色が変わる。
「あ、あんた……その腕は……」
「腕があるだけ感謝しろ。俺は、あのクソ野郎に千切られちまったんだからな」
男は顔を強張らせると「もうおしまいだ……」と呟いて顔を俯かせた。
「街一番の猟師がそんな身体じゃ……いや、そんな身体にしちまう狼に勝てっこなんて……」
それを聞いて眉をピクリと動かした。
危うく手が出そうになったのをなんとか押し込める。
「……ところで」
俺は目を細めて、傷だらけの男の顔を見つめた。
「門番から話は聞いた。あんな夜中に引っ越しとは、随分ご苦労なもんだな」
男の顔が恐怖から少しの動揺に変わった。
「あ……ああ、まあ……」
男は顔を背けたが、少し安堵したのが手に取るように分かる。
奴はきっと「あのことはバレていない」と思っているのだろう。バカな男だ。
俺はほんの少しだけ口元を緩めた。
「……しかも子連れだろう?」
まさか、あの子供達が街に戻ってきたなんて思っていまい。
ハッとした顔でこちらを見た男の鼻先に、ベルトに挟んでいた拳銃を突きつけると、男が小さく悲鳴をあげた。
あれは、今朝のことだ。
門番が森と街の境を見張っていると、霧の中、森からなにかが降りてきたことに気付き、それは血だらけの男二人だったらしい。その一人が今俺の目の前にいるこの男だ。
両腕、右足骨折。未だ意識が戻らず隣の病室で寝ている茶髪の男は、右腕と肋骨を骨折している上、右目は潰されていたようだ。もう視力が戻ることはない。
最初こそは門番の証言で「引っ越し」などという戯言を信じたが、この男らより早く森から出てきて保護された子供達の話を聞いて、俺は反吐を吐きそうになった。
隣街にこの子供らを売りに行ったのだ。
隣の街はこの街とは比べ物にならないくらい、治安が悪い……子供となれば、すぐに売れるだろう。
こいつらは引っ越しと称して森を強引に抜け、隣街までこの子らを連れて行く途中、人狼に襲われたのだ。
門番は止めたとは言ったが、粗方金でも握らされたのだろう。見つかってマズい物はきちんと隠しておくべきだと思う。
それと、子供らの証言で一つ気がかりだったことがある。
その子らは言った。「半分人間で半分狼の人と、赤毛の兄ちゃんが助けてくれた」と。
……間違いない。
俺の腕を千切った人狼と、レイだ。
思わずグリップを持つ手に力が篭り、危うく引き金を引きかける。
「クシェル!」
それを止めたのは、病室の扉の前に立っていたラルスだった。
うるさい、分かっている。
俺は、こいつからなにか情報を引き出せないかと思って、わざわざこの病院に足を運んだのだ。
俺は舌打ちを零すと、男の目を覗き込んだ。
「いいか、「引っ越し」なんて嘘を俺の前でも吐いてみろ……お前の目も潰す」
銃口を右目に向けた瞬間、男は目を見開き、脂汗を吐き出しながら首を振った。
「も、もう、嘘はつかねえ!!だ、だから、」
「だったら正直に質問に答えろ。……人狼はどこに行った?」
「それは……ッ」
男は言い淀んだのを見て、眉間に皺を寄せる。俺が苛立ったのを察したのか、顔を真っ青にしながらまた首を振った。
「し、知らねえ!」
「ほう……?」
引き金にかけた指に力がこもり、カチッと音が鳴る。
それを聞いて男は悲鳴をあげた。
「ほんとに知らねえんだ!!と、途中から意識がなくて、だ、だから、知らねえ!」
嘘をついていないか男の顔を見据える。
……嘘をついているように見えない。
こいつらが森に入ったのは夜で降りてきたのは朝だ。朝方まで気を失っていたのだろう。
「次の質問だ。赤毛は人狼に対してなにか言っていなかったか?」
「錆びつきが……?」
そこまで言って男はしまったと顔色をなくす。
錆びつき……赤毛の差別用語だ。赤毛を差別した用語を言った上に、その赤毛を売ろうとした……俺にそのことがバレてしまったということに、ようやく気付いたらしい。
レイの行方を知りたがっているラルスが男のことを睨みつけた。
「そうだ、どうして、どうしてレイを……?」
ラルスが感情を押し殺した低い声で唸りながら、男に近寄っていく。
こいつがそんな声を出すなんて珍しくて驚いたが、当然の反応かと納得した。
「ち、違う……俺は、好きでやったんじゃ……そ、そうだ、あの赤毛がたまたま道を歩いていたから……」
「俺が聞いているのはレイが人狼に対してなにか言っていたかどうかだ。それ以外のことは喋るな」
「クシェル……!」
なにか言いたげなラルスを睨みつけて黙らせると、再び男に視線を戻す。
男は必死に思い出そうとしていたようだった。
「馬車の中で……少し話はしたが、じ、人狼のことに関しては何も言ってねえ」
「なんの話をした」
「あ……あの、赤毛が、人の味方なのか、人狼の味方なのか、を……聞いた……」
「ほう」
その質問には俺も興味がある。
俺は銃を下ろしてやった。
「それに対してレイは?」
「なにも、答えなかった……」
なにも?
それは答えを迷っていたからか?
俺は首を振った。
あいつは一度人狼に殺されかけたくせに、自分で病院を抜け出し、そのあと人狼とともに姿を消した。それが答えだ。
「分かった。大変なところ押しかけて悪かったな」
こいつからこれ以上引き出せる情報はないだろう。あまり役に立たなかったが、まあ、これで忌々しい人狼がまだあの森にいるということが分かっただけ良しとしよう。
男は一安心したようだった。
助かったと思っているかもしれない。
……そこで俺はある提案を男に持ちかけた。
「そうだ。入院中は、寝ていてばかりで退屈だろう」「は?」
俺は動かし慣れていない表情筋を使って、なるべく優しげな笑みを浮かべて見せた。しかし男の顔が強張ったところを見ると、やっぱり上手く笑えていないらしい。
「口を大きく開けてくれないか?」
「口……?」
男は不思議そうに首を傾けたが、俺が靴裏を鳴らして急かすと、慌てて口を開けた。
「クシェル、なにをするつもりだ?」
「お前は黙っていろ」
ラルスを窘め、俺は左手に握ったままの拳銃の銃口を男の口内に突っ込んだ。
「ンガ……ッ」
まさかの事態に状況が飲み込めないのか、男はくぐもった声を出しながら目を白黒とさせた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
70 / 141