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化け物を語る男
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「ッやめろ!!」
泡食ったラルスが俺の肩を掴み、止めさせようとしてきたが、それも計算の内だ。
「おいラルス……俺に軽々しく触るな。もし間違って引き金を引いちまったらどうする?……俺は、それはそれでもいいが」
「ク、クシェル……」
俺はゆっくりと振り返り、冷ややかな目でラルスのことを一瞥した。
「また、自分のせいにしなければいけなくなるぞ」
俺がそう言った瞬間、弾かれたようにラルスが手を離した。
これで邪魔する者はいなくなった。
両手が折れていて使えぬ男は舌を使って銃を押しやろうとしていたようだったが、俺はグッと銃口を男の口の中に押し込めた。
「このリボルバーには六発の弾が入っている。お前みたいなクズには六発全て実弾を込めてやっても良かったが……、色々喋ってくれた礼だ。実弾は三発にしておいてやった」
それを聞いた男の顔がさあっと変わった。
これからなにが始まるか、分かったらしい。
「今から一発、お前の口の中で引き金を引く。なに、ただの暇潰しだ。……気軽にやろう」
一瞬にして男は眼球を動かしてシリンダーを見ようとしたが、思わずそれを見て笑ってしまう。
口に入っている状態でちゃんと見えるかどうかなんて分からないが、リボルバーの構造上、銃口側からシリンダーに弾が入っているかどうかが見える。男はそれを見てどこに実弾が入っているか確認しようとしたのだろうが、それを見越していた俺は実弾三発の他に、ダミーも三発入れておいた。
つまり、六発全て埋めてあるため、どれが実弾なのか男には分からない。そしてそれは俺自身も分からないのだ。
それを知ってどうするのかと思ったが……、命の危機を感じて泣き出した。
聞けばこの男、人狼が現れたときに売り物の少女を突き飛ばして逃げたらしい。散々人とは思えぬことをしてきたくせに、よくもまあ、泣くことが出来ると呆れてしまった。
いや、こんなクズだからこそだらしなく泣くのか。
「なに、一瞬で済む。お前は目でも瞑っていろ」
フーフーッと次第に荒くなってきた男の息が手にかかって気持ちが悪い。
さっさと終わらせようと、引き金に指をかけた途端、男がなにかを叫んだ。
「やめろ」か、はたまた「待て」と言ったかもしれないが、くぐもっていてなにを言っているのか分からなかった。
別に、なにを言っていても良かった。
俺は男の顔を冷ややかに見下ろしたあと、なんの躊躇もなく引き金を引いた。
「っ、は……」
沈黙のあと、ラルスが詰まった息を吐き出した。
「……なるほど」
俺はため息をつくと、男の口から銃を引き抜いた。
撃った弾は……、ダミーだった。
見れば男は失禁していた。黄色い液体がシーツに広がっていくが、当の本人は口をあんぐりと開けて動けないでいる。その様は滑稽で鼻で笑ってしまう。
……まあ、いいか。
壁に張り付いて動けないでいるラルスのシャツに銃口を擦りつけて汚れを取った。
ここにいる理由はなくなった。
もう二度と男のことなんぞ見ることなく、さっさと病室を出た。
「なんであんなことした!」
遅れてラルスが走ってきて、俺の腕を掴んで思いっきり引っ張られる。
「ッ、」
こいつは昔から馬鹿力だ。思わずバランスを崩して舌を噛む。
慌てたラルスが俺の腰に腕を回して支えてくれたおかげで転ばずに済んだが、そもそも転びそうになったのはこいつのせいだ。
俺は支えられた状態のまま、ギロリとラルスのことを睨むと、なぜか顔を逸らしながら手を離した。
「ご、ごめん」
「……フン」
噛んだ舌がヒリヒリするから、文句は言わないことにした。
俺が歩き始めると、その後ろをついてきた。
「ク、クシェル……」
体格に似合わないそのか細い声はまるで犬だ。
黙って後ろに拳銃を放り投げると、ラルスが慌ててそれをキャッチする。
ラルスは銃をしげしげと眺めながら、小さく息を吐き出した。
「それにしても運がいい男だったは……いくら三発がダミーとはいっても、半分は実弾なんだろ?」
「いや、一発だけだ」
「え?」
俺は肩越しに振り返る。
「聞こえなかったか?一発だけだ」
ラルスは銃を見つめたあと、ホッと頰を緩ませて大きく息を吐き出した。
「なんだ、実弾は一発だけか……そしたら残り五発はダミーっていうことで、」
「なにを言っている?」
俺は目を丸くした。
その瞬間、ラルスの動きが止まる。
「ダミーは一発のみ」
俺は左手を広げ、五を示す。
「残りは全て実弾だ」
「な、んで……」
ラルスの手から滑り落ちそうになった拳銃を、俺は落ちる前にキャッチした。
「なぜ?言っただろう、色々喋ってくれた礼だ」
さっきも男にそう言ったはずなのに、こいつは話を聞いていなかったのか?
不思議に思う俺とは対照的にラルスは血相を変える。
「っ、た、助かる確率は6分の1じゃねえか!それのどこが……」
ラルスはなにも知らないからそんなことが言えるかもしれないが、当然子供を売って金にするなんてしてはいけないことだ。そんなの分かっているくせに、あの男の味方をするのは単にラルスがお人好しなバカだからだ。
そういうところは昔から変わっていない。
そして、俺がラルスのそういうところに対して苛立つことも。
「あの男はな、ここで死んだ方が幸せなんだ。だが奴は一発しかないダミーを選んでしまった。それは不幸なことだ」
そこまで言いかけ、ラルスの表情に気付いて足を止める。
俺は眉間に皺を寄せた。
「…….睨むな」
そう言うと、ラルスはバツが悪そうに顔を俯かせて、「なぜ?」と尋ねた。
「……あの男が攫った子供達の一人に、ある資産家の一人娘がいた」
「えっ?」
その青い目を目一杯に見開きながらラルスが顔をあげた。間抜けな顔だ。
「し、資産家?なんで金持ちの娘が?」
「その娘の母親が家の金を使い込んだそうだ。しかもその金は不倫相手の男に貢いでいた。それを知った父親が、母親を家から追い出し、娘とも引き離したそうだ」
「ということは、娘を売ったのは父親?」
俺は首を振る。
「一ヶ月に一度ほどは母親に娘を会わせていたようだったが、父親が目を離した隙に娘を連れて逃亡。家を追い出されたことへの腹いせに、娘をあの男らに売り飛ばした」
「母親が……」
ラルスは口元を手で覆った。
「悪い母親だよな」
一歩、ラルスに近付く。
ラルスはなにも言わなかったが、その肩が小さく震えたのは見逃さなかった。
「不倫をしたのは自分の方で、子供には罪がないというのに……可哀想に」
他人事とは思えない、少し似ているかもしれない話。
俺と、こいつと……ヴァネッサ。
そして、こいつとあの女の間に生まれた……、
「悪くない……」
ラルスが小さな声で言った。
見れば顔を強張らせながらも俺のことを睨んでいる。
「レイも、悪くない」
確かな声で、そう言った。
「…………今はあいつの話なんかしていない」
こいつのこういう目を見ると吐き気がする。
先に目を逸らしたのは俺だった。
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