アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
化け物を語る男
-
「その娘が大金持ちの父親の娘だと知らねえバカなあいつらは、隣街まで行って娘を売ろうとしたってわけだ。父親はすぐ母親を捕まえて……まあ、すでに生きていないだろうな。まるで初めから存在していなかったように綺麗さっぱり消してしまっただろう」
その父親はあまり表沙汰にならないようなこと、してはならないようなことを生業にしている。
それこそ人身売買、薬の販売……ゾッとするような話だ。あまり深い入りをすれば、俺たちだってどうなるか分からない。
もうこれ以上は関わらない方がいいと、俺の勘が訴えている。
「父親は娘の人身売買に加担したあの男らのことをすでに知っている。恐らく怪我が治る前に退院させられて、それこそ、今度はあいつらが売り飛ばされるかもしれないな。それはもしかしたら、死ぬより辛いかもしれない。だからここで死んだ方が良かったかもしれん」
ラルスは、まるで凍えているのではないかというくらい真っ青な顔をして、俺のことを見ていた。
「クシェルは、あの男を……?」
ラルスが言わんとしたことを察して首を振る。
「あのクズ男を助けたかったわけではない。だが、自分がこれからどんな目に遭うのか知らぬまま死ぬという選択肢があってもいいのではないかと、思っただけだ。どうせ今まで通りの生活なんぞ出来るわけがないからな」
実弾数を偽って教えたのも、一発のみがダミーだと思うより、半分の確率で助かると思った方が楽なのではないかと、俺なりに配慮したつもりだ。
俺は再び歩き出した。
少し遅れて、ラルスがついてくる足音が聞こえる。
「クシェルはなぜ……事の全容を知っていた?」
少しの間のあと、ラルスが恐る恐るといった様子で口を開いた。
それは俺にとって簡単な質問だった。
「ああ……とある男がこの情報を俺に横流しした」
「男……?」
俺は頷く。
「そいつは俺に言った。「僕はその資産家と繋がりがある。彼とは話をつけてきたから、入院『させておいてやる』今のうちに好きなだけ話を聞いて、人狼の情報を引き出しても構わない、と」
当然怪しい話だと思った。
だが、そうとは思っていても……人狼の情報が少しでもほしかった俺は、魅力的な話だった。
ラルスも俺と同じことを思ったらしい。
「な、なんで、そんな怪しい奴の言うことなんて……その男がクシェルにそう言ったことによってなんのメリットが?まさか、金でも……」
それは違うと、すぐさま首を振って否定する。
「なんだよそれ……余計怪しいな」
「そいつがなぜその話を俺にしたのか分からない。だが……なにがなんでも俺は人狼の情報が欲しかったからな、話を聞いてすぐに駆けつけた」
しかし、あの男は役立たずだった。
とんだ無駄足だ。……いや、少しくらいは来てよかったと思えるような情報があったか。
あいつの……レイの存在だ。
レストランで人狼を庇ったときからおかしいとは思っていたが、怪我も治っていないのにカーテンを結んで病院から脱走。
その足で森に向かう途中人攫いに遭ったのだろうが、その後は人狼と共に消えた。それは保護された子供達が言っていたから確かだろう。子供と一緒に帰ってくることも可能だったのに、だ。
それと、どうやら人狼とレイがただならぬ関係だということはラルスから聞いた。ラルスに問い詰められたレイは「脅された」と言ったらしいが、ならどうして自ら病院を抜け出した?
忌々しい。
俺は奥歯を噛み締めた。
俺にとってレイがどうなろうが知ったことではない。あれはヴァネッサが不倫をして生んだ子供だ。
だが、もしレイが人狼の味方をするのであれば殺す。もしラルスがそれを邪魔するのであれば、そのときはラルスのことも殺す。
こいつはヴァネッサの不倫相手だ。躊躇なく殺せるだろう。
しかし……忌々しいといえば、あの男は俺の身体を見てもうおしまいだと言った。
あれは俺に対する侮辱だった。俺を目の前にして、もう人狼には敵わないと言ったようなもんだ。あの男を殴り飛ばさなかったのが不思議なくらいだ。
どんな手を使ってでも、右腕の借りを返さなければ気が済まない。
右腕がないのならば、左腕であのクソ狼の息の根を止めるがまでだ。
絶対に殺してやる。
俺を突き動かしていたのは、紛れもない、復讐心だ。
「その、クシェルにそう言ってきた男って、どんな男だったんだ?」
ラルスの声で我に返った。
俺の中ではすでにこの件への興味は薄れていたから答えるのも億劫だったが、その男の容姿が印象的だったのを思い出すと自然と口が開いていた。
「若い男だった」
突然彼が俺の前に現れたのは、つい十数時間前。
人の顔を覚えるのが苦手な俺でも覚えていたのは最近のことだったからかもしれないが、恐らくそれだけじゃない。
「……黒い髪と目の色をした、異国人だ」
全体的に平べったい顔と髪と目の色ですぐに異国の人間だということは分かった。
近寄りがたい印象を受ける、皺一つないスーツ。
奴は俺に手袋を嵌めた右手を差し出しながら「初めまして、お父さん」なんて言いやがった。なぜお前にお父さん呼ばわりをされなくてはいけない。そう思ったから握手に応じることはしなかった。
その顔は人懐っこそうにニコニコ笑っていたが……、
「もう二度と会いたくはない。なんだか腹の中ではなにを考えているのか分からない……そんな不気味さがある男だった」
それを聞いてラルスがなにか言いたそうに俺のことを見つめている。
まるで「それをお前が言うか?」と言わんばかりの目つきだ。実に気に食わない目つきだ。
ともかく、俺にそんなことを言いにきたのだからその異国人も裏の人間だ。なにか考えているのかもしれないが、深く詮索するのは己のを身を滅ぼす。
気にならないと言ったら嘘になるが……忘れた方が身の為だろう。
俺はフンと鼻を鳴らすと、歩くスピードを上げた。
早く家に戻り、人狼を殺す手立てを考えなければいけなかった。
異国人のことは早く忘れようと思っていたが、人狼のことを考えていると努力せずともいつの間にか頭の中から消え失せた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
72 / 141