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夜から朝
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それから二度寝した。
どのくらい眠ったか分からないが、次に目を覚ましたときにはキオンがいなかった。人が勝手にいなくなると怒るくせに……全く、ワガママな奴だ。
身体を起こすと、俺の鼻をなにかがくすぐった。
「……なんだこの匂い」
とてもいい匂いがする。
その匂いに誘われて、フラフラとベッドを出る。
すぐに着替えを済ませて寝室の扉を開けると、その匂いは強くなった。
「おお、起きたか」
キオンが鍋の蓋を持った状態で振り向き、俺に微笑みかけてくる。
どうやら料理をしていたらしい。黒いエプロンをしたその姿がムカつくくらい様になっている。
俺は歩み寄って、キオンの手元を覗き込んだ。
「なに作って……、ッ」
そう問いかけた瞬間、キオンの大きな掌が俺の視界を遮った。途端に真っ暗になって、その手を退けようと首を振る。
「や、やめろ、なにすんだ!」
「ちょうど食事の用意が出来たんだからよ、お前は席について待ってろ」
「じゃあ今見たって問題ねえだろ!」
「だめだ。座れ」
暫し格闘していたが、暗い視界の中でフッと耳に息を吹きかけられて動きを停止。小さく息を吐き出すと、仕方なく席に着いた。
それから、キオンが鼻歌交じりに食事を運んできた。
ミートパイにソーセージ。それからカートッフェルズッペ、クロワッサン、ピザ。
一人でなんか、いや、二人でも食べきれるか分からないくらいの量の食事がテーブルに並べられていく。
「好きなだけ食えよ。あ、デザートにはブドウとリンゴを用意している」
「え、フルーツまであんの?」
この食事の材料は一体どこで仕入れているんだ?と不思議に思うくらい、すごく豪華だ。
目の前のミートパイを見つめたあとチラリとキオンの顔色を伺うと、キオンは歯を見せて笑った。
「ほら、あったかいうちに食え」
腹は減っていた。朝食もまだだったし。
「……いただきます」
軽く手を合わせたあと、取り敢えずミートパイを一口食べてみる。
「……うまい」
表面のパイがすごくサクサクしていて、中のミートはすごくジューシーだ。出来立てということもあって美味しさが増していると思う。
俺は思わず尋ねた。
「これ、キオンが作ったのか?」
「当たり前だ。ソーセージとクロワッサン以外は全部俺が作ったんだぞ」
「ふーん……」
フフンとドヤ顔で鼻を鳴らしたキオンとは対照的に、素っ気ない返事をしたが内心は感心していた。
シチューをご馳走になったときも思ったが、こいつは本当に料理が上手だ。というか、わざわざこんな手間のかかるのをよく作るもんだ……。
俺は母さんの料理の手伝いを何度かはしたことがあったが、料理とは本当に手間のかかるものだ。買って食べた方がよっぽど楽だなと思った。
俺が黙々とミートパイを頬張っているうちにキオンの姿は消えていた。
どこに行ったのだろうかとミートパイを口に入れたままキョロキョロしていると、キオンがなにかを持って戻ってきた。
「ああ、いい匂いだ。レイ、レイも一杯どうだ?」
見ればそれは、ワインのボトルだ。
ワイングラスも二つ持ってくるとそれをテーブルに置き、置いたグラスの一つにワインを注ぐ。
赤ワインだ。確かにいい匂いはするが……俺は窓の外を見た。
「おいおい、こんな明るい時間から酒か?」
外はまだ明るい。時刻はお昼過ぎくらいだろうか。
酒は夜飲むものだと思っている俺からすれば、ちょっと信じられない。
しかしキオンは緩々と首を振った。
「そんなの関係ねえ。飲みたいときに飲むのが美味いんだろうが」
お行儀悪く、キオンは立ったままワイングラスを傾けてあっという間にワインを飲み干してしまう。ペロッと下唇を舐めると、またワインを注いだ。
「ほら、レイも付き合えよ」
そう言われて表情を曇らせた。
普段から酒は飲まない方だ。
別に嫌いというわけではないが、そんなに飲めるわけでもないからあまり飲まない。最後に飲んだのがいつなのか思い出せないくらいには飲んでいない。
「俺はいい。せっかくのご馳走があるし」
これだけの美味しそうな飯を用意してくれたんだから食事を楽しまなければ。
……というのを理由にして、首を振った。ただ要らないと答えればキオンの機嫌を損ねる可能性があったからだ。
しかしキオンは椅子を引っ張ってくると、わざわざ俺の隣に座った。
「なんだよ、一杯くらい良いじゃねえかよ。なあ」
猫撫で声でそう言いながら、キオンが俺の腿を摩ってくる。
その瞬間背筋がゾワッとして、その手を叩いた。
「ま、まさかもう酔っ払ってんじゃないだろうな」
「そんなわけねえだろ」
キオンが俺の腰を抱き寄せたかと思えば、ちゅっとこめかみにキスをしてくる。
「ッ、や、やっぱり酔っ払ってんじゃねえか!!」
ヒイッと悲鳴を上げながらキオンの肩を思いっきり押しやってみるが、その身体はビクともしない。
キオンは不思議そうに首を傾けた。
「なに言ってんだ?俺はいつもそういうことやってんじゃねえか」
「い、いつもって……」
今度は頰にキスをしてくる。
俺は少し考えて、
「……それもそうだな」
キオンは飲んでなくてもこんな感じだ。
「だろ。ほら、飲んでくれ」
げっ。
そうこうしているうちに、キオンが勝手にワインをグラスに注いでしまう。
「だ、だから、要らねえってば!」
キオンには遠回しに言ってもダメだったと判断して、少し口調を強めながらキオンのことを睨んでみる。
「そんな怖い顔するなよ」……なーんて、どうせヘラヘラされるだけだと、思っていたのに。
「……そうか」
キオンはしゅんとして、俺の腰に回していた手をおずおずと離した。
……あれ、なんか思ってたのと違う。
「キ、キオン?」
生えていない狼の耳と尻尾がしょんぼりしているのではないかと思ってしまうくらい、キオンは悲しそうな顔をしてワインを一口口に含む。
「俺、今までずっと一人で……酒も誰かと飲んだことなかったから、誰かと一緒に飲んでみてえなって思ったんだ……ごめんな。俺の勝手な気持ちを押し付けちまった」
「キオン……」
キオンはふっと笑ったあと、寂しそうに眉を下げた。
そうか、キオンは寂しかったのか。
俺は自分のことを恥じた。
ワインの一杯くらいなんだってんだ。それくらい付き合ってやったっていいじゃねえか。
俺は小さく頷くと、ワイングラスを手に取った。
「す、少しだけだぞ!少しだけなら、付き合ってやるから」
「レイ……!」
そう言うと途端にキオンの顔がぱあっと明るくなり、俺の身体をぎゅうっと抱き締めてきた。
「いだだだッ」
キオンの馬鹿力に悲鳴を上げながらも、俺はキオンにもこんな可愛い一面があるんだなと思った。
そして俺は、ワインを飲んだ。
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