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再来
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早く、キオンのところへ戻らなきゃ。
俺は立ち上がり、小屋に向かって歩き出す……と、その前にうっかり桶をそのままにしていたのに気付き、その桶を掴もうと上半身を倒す。
その瞬間さっきまで俺の身体があったところをなにかが通過、小屋の壁に突き刺さる音がした。
「は……、」
俺はその体勢のまま、ゆっくりと振り返る。
小屋の壁には一本の矢が突き刺さっていた。
それを見たと同時に頭が真っ白になり、身体が凍りついたように動かなくなる。
もし、俺が何気なく身体を倒さなければ……。
それは間違いなく俺の身体を射抜いていただろう。
研ぎ澄ましていた俺の聴覚が茂みの揺れる僅かな音すら捉え、弾かれたように音のした方を見る。
少し離れたところにそれは見えた。
フードを被った男が二人。一人は弓矢を構え、フードの下から驚愕の表情をうかべている。
あ……、
その男らの顔を見た途端、瞬時に状況を理解した。
「クソッ!」
半ば転がるように井戸の影へと身を隠す。それからほんの数秒だけ遅れて頭上を矢が通り過ぎていく。
俺は無意識のうちに舌打ちを零していた。
居場所が、バレた。
あの男らとは面識がある。この間俺が初めて猟に行ったとき、父さんとラルスの他にあの男達もいたのだ。奴らがここにいるということは、つまり、俺の……いや、俺のことはどうでもいい。それよりキオンがここにいるということがバレてしまったということだ。
父さんはずっとずっとキオンのことを追っていた。この森にいる限り、いつかはここを突き止めてしまうと考えなくとも分かるはずだったのに、なにを呑気に構えていたのだ、俺は。
己に対しての苛立ちから、唇を噛み締めて自分のことを責める。
逃げるチャンスはあった。キオンの足ならば、森を出て、ずっとずっと……、
……俺も?
ヒュッと風を切って矢が小屋の壁に突き刺さる。
俺はそれを見て目を見開いた。
火矢。
さあっと顔色をなくす。
おい、冗談だろ?
火は壁の木に燃え移って、少しずつ炎を大きくしていく。立て続けにもう一本の矢が射ち込まれた。
なぜ、銃ではなくわざわざ弓矢で攻撃してきたのかが分かった。火矢にして小屋に火をつけるという目的もあったのだろうが、俺らが木造の小屋にいるという前提があるからこそ、それは成り立つ。
恐らく音だ。銃よりは弓矢の方がまだ音が少ない。
そして、昨日あれだけ飲んで爆睡していたキオンならばこの事態に気付いていない可能性が高い。
俺には自分を責めている暇すらもなかった。
「ッキオン!!」
逃げろ。
その言葉は背後から迫ってきた男の掌に口を塞がれて叫ぶことが出来なかった。
この髪のせいで背後から襲われることが何度かあった俺の身体は考えずとも勝手に動き、男の腹に肘鉄を食らわせ、力が緩んだ隙に男の腕から抜け出す。
横目で矢が俺のことを狙っていると確認するや否や、腹を押さえて身体をくの字にしている男の懐へと飛び込む。
弓を構えていた男が名前を叫んだ。この目の前にいる男の名だ。
その声でハッとした男は、慌てて俺との距離を離そうと後方へ飛ぶ。
すかさず地面に転がっていた桶を男へ向かって蹴っ飛ばすと、反射的に男が目を瞑った。
咄嗟のことに男が怯むことを、俺は狙っていた。
その隙をついて素早く男の背後に回り込むと、先ほど肘鉄を食らわせたときに一瞬見えた拳銃を男のベルトから抜き取り、その銃口を男の後ろ頭に押し付けた。
「あ、え?」
男は目を白黒とさせ、一瞬の出来事に頭がついていっていないようだ。
俺は俺が蹴っ飛ばした桶を横目に見た。
飛んでいくわけがない。桶はロープに繋がれ、滑車に吊られてゆらゆらと揺れていた。
ゆっくりとその視線を茂みにいる男の方へと向ける。
男は「盾にするなんて卑怯だ」と俺のことを殺さんばかりの目つきで弓を構えているが、この際どう思われようが知ったことでない。
俺は小さく息を吐き出すと、もう片方の手で乱暴に男のベルトを掴み、俺に合わせて無理矢理歩かせる。
相変わらず矢先はこちらに向けられていたが、誤って自分に当たったら堪らないと言わんばかりに、男が焦った様子で首を振ると、ようやくそれが下された。
いくら盾があったとしても、凶器を向けられては気が気ではなかった。まだ油断は出来ないが、少しだけ呼吸が楽になる。
それでも盾にした男越しに睨み合いを続けていたが、小屋の角を曲がった瞬間に、男の右太腿目掛けて銃弾を撃ち込んだ。
途端に男が叫び声をあげ、その身体がぐらつく。俺はその身体が倒れる前に一目散に駆け出した。
早くキオンを起こして、逃げないと。
俺の頭にはそれしかなかった。
しかし裏から小屋の正面へ飛び出た瞬間、俺の足は止まってしまった。
目と鼻の先に、真っ暗な穴。
銃口が突き付けられていていると、数秒遅れて理解する。
そしてその銃を構えるのは、
「……ラルス」
ラルスの青い目が、俺のことを真っ直ぐに見つめていた。
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