アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
再来
-
俺は深呼吸をすると、もう一度父さんと向き合う。
「俺が父さんの子供じゃないと知ったのはいつだ」
父さんはなにも答えないが、父さんと違って顔に出やすいラルスはくしゃりと表情を歪める。
二人の顔色を見て、俺の中での疑いが強くなる。
一時はラルスの言うことを信じた。
だが、モヤモヤとした感情が消えなくて、でもこれはラルスが母さんを殺したと信じたくないのだからだと思っていた。
しかし、それは違うのだと分かった。ラルスの言う動機に違和感があるし、なにより……やっぱり、ラルスが人殺しだと信じたくない。
「ラルス、俺は今でもまだ、お前が母さんを殺したなんて信じられない。なあ……ほんとのことを言ってくれよ」
「……本当のこともなにも、前に言ったことが本当のことなんだ」
ラルスは顔を俯かせる。
「お前の母さんを殺したのは俺なんだ」
「俺が殺した」とラルスは何度も何度も繰り返して呟く。まるで自分に言い聞かせているようで、その姿を見ているのは痛ましかった。
決定的ななにかを突きつければ、また違う答えが返ってくるかもしれない。だが、違和感を感じているだけなのだ、俺は。
「俺は……人殺しの息子なのか?」
思わず呟いた言葉を聞いた途端、弾かれたようにラルスが顔を上げた。
なにかを発しようとして何度も口を開閉させているが声になっていない。が、その様子は激しく動揺しているようだった。
そうだ、なにか言うのを……迷っている?
ラルスに呼びかけようと俺が口を開きかけた瞬間、冷たい声が降ってきた。
「もういい」
言葉を発したのはラルスではなく、父さんだった。
「レイ。お前は今の自分の状況をどうにかするよりもヴァネッサのことを知りたいようだな」
「っ、そ、それは、父さんだって……!」
知りたいはず、と言いかけて口を噤む。
父さんが母さんのことを心から愛していたのは知っている。いつもは仏頂面の父さんも母さんの前では表情が優しげになったし、帰ってきたら真っ先に母さんのところへ行って、ただいまのキスをした。赤毛の母さんを守っていたのは紛れもない、父さんだ。
ラルスから父さんの熱烈なアプローチで二人が結婚したという話を聞いて、その想いはずっとずっと変わっていないと、二人を見てきた俺は確証出来る。
母さんが居なくなったあの日から、父さんはもっともっと笑わなくなったし、好きだった料理だってしなくなった。猟が終われば仲間を自宅に呼んで朝まで飲んでいたのに、そんなこともなくなった。
30年以上の付き合いがあるラルスとですら、笑い合うことがなくなった。
……俺たちは、あの日からバラバラになってしまったのだ。
あの日、から?
俺は無意識のうちに息を止めていた。
あの日のことを、俺は必死に思い出そうとする。
母さんは買い物で家を出た。すぐに帰ってくるだろうと思って、俺は本を読んで待っていたが暗くなっても母さんは戻って来なかった。
日が沈んで星が輝きだす頃、帰ってきたのは父さんだった。
父さんは帰ってくるなり自室へ行ったから、俺はすぐにその後ろを追いかけて「母さんはまだ帰ってきていないよ」って言ったんだ。
なぜ聞かれてもないのに言った?それは、父さんが帰ってきたらキスをするために、真っ先に母さんのところへ行くからだ。
そのとき父さんは……そうだ、着替えをしていた。
俺はそのときのことをはっきり覚えていた。
確か俺がそう言うと、父さんは脱いだシャツを丸めながら「そうか」とだけ言った。
なぜ、そのときのことをはっきり覚えていたのか。それは違和感を覚えたからだ。
父さんが真っ先に自室へ行って着替えるなんて、雨が降って身体が濡れたときくらいだ。いつもは、習慣になっているただいまのキスをするために、母さんのところへ直行する。
だが、あの日の父さんは雨も降っていなかったのに、真っ先に自分の部屋へ行って着替えをしに行った。それはただの偶然かもしれない。だからあの日の俺は少し違和感を感じただけで、対して気にも留めていなかったが、今思い返せば変だった。
まるで父さんは、母さんが居ないと知っていたみたいじゃないか。
父さんの眉尻がピクリと動いた。
「……なんだ、その目は。レイ」
「父さん、あんたは全部知ってたのか?俺がラルスの子供で、ラルスが母さんを殺したってことも、そんであの日、父さんが帰ってきたとき、母さんが家にいないってことも」
「つまりはなにが言いたい」
俺は力の限り奥歯を噛み締める。
ラルスが人殺しをしていないとして、なぜその罪をかぶる必要があったか。それは、その殺人が引き起こされた原因が「自分のせい」だと思っているからではないのか。
「父さん」
それが、やはり誰かを庇っているというのならば。
ラルスが俺の名前を叫んで、俺が今から言うことを阻止しようとする。だがその必死さが「それ」を認めてしまっているのと同じだと気付いていない。
それは、確証を持った。
「母さんを殺したのは、父さんだろう」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
84 / 141