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再来
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『この髪が、赤毛じゃなかったら良かったのに』
生まれて20年。俺はずっとそう思ってきた。
赤毛というだけで後ろ指を指されてきたこの人生。
他人で初めて、赤毛である俺のことを認めてくれたのはキオンだった。
それはキオンが人ならざる者であり、人間と同様の価値観がなかったからかもしれないが、俺が嬉しかったのは本当だ。
キオンはこんな俺を好いてくれている。人攫いに遭ったときも助けに来てくれた。だから、絶対に来る。
これは『信用』ではない。『信頼』である。
一発の銃声が響く。
それは、小屋の後ろから聞こえてきた。
「じ……人狼だッ!!や、やつが、奴が現れた!!」
……来た。
瞼を開くと、父さんは驚愕の表情を貼り付けながら銃声のする方向を見ていた。今度は父さんが「なぜ」と呟く番だった。
俺の身体を押さえていた男が泡食った様子で身体を震わせ、慌てて銃を構える。口をパクパクと何度か開閉させたあと、震えた声を漏らす。
「なぜ、なぜ、奴が、」
「森の中から現れたッ!?」
全身灰色の毛に覆われた大きな狼が猟師たちを蹴散らしながら、まるで放たれた矢のように一直線にこちらへ突進してくる。味方だと分かっていながらも、そのスピードとパワーにゾッとする。
男がなにやら叫び声を上げながら引き金を引くが、キオンには掠りもしなかった。一瞬で距離を詰められ、キオンの前脚が男の身体を吹っ飛ばす。あまりの一瞬の出来事で、瞬きをしている暇もなかった。
だが、恐怖など微塵も感じていない男がいた。
「現れたな化け物め……!この右腕の借り、返させてもらうぞ……ッ!」
父さんが凶悪に口角をつり上げながら、猟銃をぶん投げると、懐から拳銃を取り出し、素早くキオンに向けたと同時に発砲。
それを巨体ながらも俊敏な動きでジャンプして、キオンは回避する。が、その回避地点を見越して撃たれた弾丸が、あわや身体に着弾するところをキオンが地面を蹴ってなんとか避ける。回避が間に合わなかった灰色の毛が宙を舞う。
そして着地すると同時に右前脚を払うようにして素早く動かしたのが見え、反射的に俺は目を瞑る。
「なっ、」
流石の父さんも驚いたようで小さく声を上げた。
父さんとラルスの目に砂が飛び、二人はその痛みから呻きながら目を閉じてしまう。
その隙をついてキオンが父さんの喉笛に噛み付こうとして、鋭く尖った牙を剥き出しにして飛びかかる。
「やめろ!!」
気付けば俺は叫んでいた。
俺の声にハッとしてキオンは一瞬にして攻撃を切り替えて、父さんの身体に体当たりした。弾き飛ばされた父さんはラルスと衝突して、二人の身体が地面に倒れる。
「来いキオン!」
なんとか上半身は起こしたものの、立とうにも足がこれでは動けない。
上手く動けない俺を察して、キオンが大きく口を開けて俺の腹の辺りに噛み付いた。
そして俺を咥えたまま再び走り出し、森の中へと飛び込んだ。
噛まれてはいるが、キオンが器用に力の調整をしてくれているおかげで全く痛くはない。それよりも撃たれた腿が痛くて顔を顰める。
俺は表情を歪めたまま、離れ行く小屋を見つめた。
数日ではあったが俺が過ごした小屋。
耐えきれなくなった屋根が落ち、音を立てて崩れた。
そしてその小屋の傍らで、片目を押さえながら俺らのことを睨む父さん。
それらを見ているとなんとも言えない気持ちになってきゅうっと胸が締め付けられた。
……父さんとはもう会うことないだろう。いや、ないと言い切ろう。
だからもう父さんに俺を育てた理由を聞くことは出来ないのだ。
密かに俺は決意を固めていた。
キオンがなんて言うか分からないが、俺はもう、決めていた。
「っ……キオン、頼みがある!」
俺はキオンのことを見遣ると、キオンの琥珀色の瞳が俺の顔を捉えた。
「こんなときに頼むことじゃないかもしれないが……こんなときだから、今だからこそ聞いてほしい」
キオンはなにも言わなかったが、確かにその目が優しげに細められたのを見た。
「……ありがとう」
釣られて俺もほんの少し表情を緩めたあと、前方へと視線を向けた。
「向かってほしいんだ」
俺は左耳で揺れている母さんのイヤリングに触れる。
「母さんの好きだった花畑に」
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