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強い花
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まもなくして、目の前が開け、一面の花畑に着いた。
キオンは次第にスピードを落としていき、やがて花畑の中央にくると、俺を花の上へ静かに下ろした。
キオンなりに気を遣って静かに下ろしてくれたのだろうが、それでも撃たれた足は痛んだ。
しかし、ふわっと漂ってきた柔らかな花の匂いが鼻をくすぐり、不思議な話だが痛みが緩和されたような気がした。
僅かにだが落ち着いた俺の横で、キオンがブルブルッと身体を震わせる。まるで犬が水浴びをしたあとのようだったが、恐らくは身体に付着している土を払ったのだろう。
なにせ小屋にいると思われていたキオンが突如森から現れたカラクリは、なんてことない、正面からの逃げ場がなかったから下へと逃げただけだ。つまりは、その大きな前脚で穴を掘り、小屋の床から森へのトンネルを作ったのだ。
俺がそれを知ったのは、銃を突きつけられ、父さんに選択を求められている……まさに、身体が凍りついているときだった。
地面に頭を押し付けられている体勢のおかげで、下からなにやら音が聞こえたことに違和感を感じた。最初はそれがなんの音なのか分からなかったが、すぐにピンときて、思わず笑ってしまった。
そして同時に俺がすべきことを悟った。
キオンがトンネルを貫通させるまでの、時間稼ぎ。
見事に父さんの気を引くことに成功した。
……が、あれは時間稼ぎのためだけだったと言えば嘘になる。
俺は自分の左腿を見下ろし、舌打ちを零す。
「……くそ」
弾は貫通していて、出血は止まりつつあるのが不幸中の幸いだ。前にキオンにやられた傷が落ち着いてきたっていうのに今度はこっちだ。嫌になる。
「痛むか?」
そのとき、まるで地の底から響いてきたのではないかと思うくらい低い声が聞こえてきて驚く。顔を上げれば、キオンが俺の傷口を見つめていた。
「お……お前、喋れるのか」
「あ?」
「なに言ってるんだ?」と言わんばかりに首を傾けられたもんだから、俺は緩々と首を振る。
狼の姿の状態で喋ったキオンを初めて見たからびっくりしただけだ。
「痛みはあるが、なんとなる。だが流石に歩けそうにはねえな……」
「……すまん、助けるのが遅くなった」
キオンの後ろ脚になにやら引っかかっているのに気付き、目を凝らして見れば、それはキオンが着ていたシャツの切れっ端だった。丁度いいと思ってそれを引き千切るなり、一先ずは傷口に巻いておく。
キオンはその様子を心配そうに見つめていた。
いや、獣の顔をしているのだから正確な表情は理解出来なかったが、尻尾は垂れ下がり、今にもクゥーンと鳴き出してしまいそうだ。
「……お前のせいじゃねえって。気にすんな」
俺はキオンの顔に手を添えた。
「だが、もう少しで殺されるところだったんだぞ」
「でもお前が助けてくれただろう。それに……多分だけど、父さんは俺を殺すつもりはなかったんじゃねえかなって思う」
キオンの目が面白いくらいまん丸くなった。
そりゃ、あの状況でそんなことを言うのはおかしいだろう。100%言い切れるわけでもないし、正直銃口を突きつけられて恐怖した。しかし、
「片腕で猟銃を扱うなんて、流石の父さんでも……。キオンに対抗するときは拳銃出してきたし」
この仮説には、少し私情も混ざっているが。
キオンは少しの間のあと「そうか」とだけ呟いた。
それからまだなにか言いたそうだったが、あまり触れてはいけないと思ったのか、俺からふっと顔を逸らして周囲を見回した。
「……ところでレイ。このあとどうするつもりだ?また穴を掘って奇襲をかけるか?」
ドキッとした。
俺が言い出そうと思っていたことを先に言われてしまい、なんだか逆に言いにくくなる。
「レイ?」
俺は重々しく口を開く。
「そ、そのことなんだが……」
手短に済まそう……ふうっと小さく息を吐き出し、俺は先ほどした『決意』をキオンに言うことにした。
表情を険しくすると、キオンは身構えたようだった。
「キオン、執念深い父さんのことだからすぐにこの場所もバレてしまう。だから手短に言うぞ」
キオンが小さく頷く。
それを見て、俺はまた息を吐き出したあと、続けた。
「ここから、この森から、出よう」
キオンの琥珀色の目がこれ以上ないくらい開かれた。
「悔しいかもしれない。お前の住処を燃やされ、命を狙われた相手から逃げるのは。だけど……キオン、俺はお前らがいがみ合っているのが辛い」
もしかしたら、いつか父さんがキオンを……そう思うと息が出来なくなるくらい辛い。
だが、父さんやラルスが殺されてしまうのも、辛いことだ。たとえ俺に銃を向けた親でも、たとえ20年間俺のことを騙し続けた親でもだ。
これがワガママだというのは分かっている。
人間が憎いというのは差別され続けた俺には分かる。しかし、俺もどうしようもなく、人間なのだ。人間が傷付くのを見るのも嫌だ。
話し合いで解決出来るレベルをゆうに越してしまったのだ。どちらかが引かなければなるまい。
簡単に理解してもらえる話ではない。そう思ってはいたが……、
「つまり……尻尾巻いて逃げろ、ということか?この俺に?」
キオンの冷たい声が俺の身体を貫いた。
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