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強い花
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それはつまり……?
ようやくキオンの言いたいことを理解して、その瞬間にしゅわっと胸が熱くなる。
「ほ、ほんと?」
考えるよりもなにも先に口を開いていた。
「なに疑ってんだよ。俺がこう言うって分かってただろうが」
「い、いや、でも、なんか……」
「なんか?」
説得していたくせに、いや、説得していたからこそ、こんなにあっさり引き下がると思っていなかった。反発されて手を上げられることすら覚悟していたのに。
俺が言い淀んでいると、キオンが俺をつねってきて、びよっと頰が伸びる。痛さよりも驚きの方が勝って目をまん丸くする。
「なにをひゅる」
もう片方の頰も引っ張られ、いよいよ困惑する。
そんな俺の顔を見てキオンはふっと笑うと、手を離すと同時にぐるりと花畑を見回した。
「……俺はこの森で死ぬと思っていた」
ぽつりと、キオンが呟く。
「この人生を全うし、そして一人で死んでいくと思った。俺は人狼だ。そのことに不満なんてなかった。なかったはずなのに」
キオンは俺を見つめ、目を細めた。なんだろう……どこか懐かしそうに俺を見ているのは気のせいか?
「お前ら親子はほんと……変わってる」
そうか。
今、俺と母さんのことを重ねたんだ。
俺の後頭部にキオンの手が回され、引き寄せられる。綺麗な琥珀色の瞳とかち合い、比喩ではなく本当に俺の息は止まってしまった。
動けないでいる俺に顔を近づけ、キスをされる……寸前でキオンの動きが止まる。
「……こういうとき、人間はなんて言うんだ?」
キオンの目が泳ぐ。気不味い?いや……違う。その頰は少し赤く、唇を尖らせている。……恥ずかしがっている?
「な、なにが?」
キスをされると思っていたせいで強張っていた俺の全身からどっと力が抜ける。こういうときは黙ってキスすればいいのに、ほんとこいつは……。
「な、なんて伝えたらいいのか分かんねえ」
キオンは目を伏せてバツが悪そうに頰を掻いた。
「俺は、レイが好きだ。だからずっとお前と一緒にいたい……レイにずっとずっとそばにいてほしい」
「……えっ?」
俺は驚いて目を見開く。
なにを言っているのか分かっているのかこいつは、とキオンの顔をまじまじと見つめているが、キオンは俺の視線にすら気付いていないようだった。
「そばにいて、この先一緒に生きてほしい。俺の人生に付き合ってほしいって……」
そこまで言って、キオンがチラッと俺のことを見る。
「って、人間はなんて伝えるんだ?」
……これは「全部言ってるじゃねーか」と突っ込むべきなのか?
口を開けて固まってしまっている俺を見て、キオンが不思議そうな顔をしている。しかしなにかに気付いてハッとすると、大声を上げて笑った。
「そうだよなあ!童貞ちゃんにそんなことを聞いても分かんねえよな!悪い悪い」
「なんでもない」と言ったキオンの口に掌を押し付けて黙らせた。
ちょっぴりムカついて、舌打ちをする。童貞だということをバカにされたからというより、照れ臭くて、むず痒くて、恥ずかしくて、俺をそんな気持ちにさせたキオンに苛立ったというのが大きい。
……だけど。キオンが愛おしくて堪らなくなった。
「そうだな、特別にレイ・ギーツェンが教えてやる。いいか、これはあくまでも俺の考えだけどそれを一言でこう言うんだ」
俺は微笑した。
「愛してる」
手を退けるなり、キオンの唇にキスをした。
俺は、キオンの全てを知っているわけではない。むしろ知らないことの方が多い。
キオンの好きな食べ物も嫌いな食べ物も、何色が好きなのか、キオンがどこから来たのか、俺は知らない。知らないけどキオンが優しいってことは知っている。俺のことを守り、愛していることも。
それだけで、俺はどこまでも行けて、一緒に生きていけるような気がした。
よっぽど俺のキスに驚いたのか、キオンは固まっていた。しかしザアッと風が吹いたとき、まるでその風に連れ去られないよう、キオンは俺の身体をしっかりと抱き締めた。
あったかい。俺は心地よさに目を細める。しかし、穏やかな気持ちになれたのは一瞬だけだった。
……俺は見た。キオン越しではあったが確かに見た。
一瞬にしてそれに目を奪われ、動けなくなる。
この花畑には俺とキオン以外に誰もいなかったはずなのに。
……そんなわけがない。
先ほどまでの暖かい温かい気持ちが急激に冷えていって、背中にひんやりとした汗が流れる。
数メートル先に、風に吹かれて揺れている長い髪を押さえながら佇んでいる一人の女性がいた。俺の見間違いか、はたまた俺の頭がおかしくなければ、その女性に俺は見覚えがあった。
俺は唇を離し、その女性を凝視する。その女性の唇が微かに動いたあと微笑んだのだが、なにを言ったのか分からない。遠過ぎて聞こえなかった。
いや、そんな、まさか。
俺の口が、自然とその女性のことを呼んでいた。
「かあ、さん」
俺の声にハッとしたキオンが振り向くなり、一瞬にして身体を変幻させ、再び大きな狼の姿になる。
「レイ!俺の後ろに隠れろ!」
「えっ?」
キオンは獣そのものの低い唸り声をあげ、まるで今にも飛びかかろうとしているように身を低くしている。
慌てて目を擦ると、母さんの兄であるラルスが一人、母さんの立っていた場所にいた。
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