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強い花
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「……レイ」
ラルスが一歩こちらに近付いた瞬間、キオンが唸りをより一層大きくして威嚇する。キオンの気迫に慄き、ラルスは数歩下がった。
俺は下唇を噛む。
早くこの場を離れるべきだった。最後にこの花畑を見たいなんて思ったばかりに追いつかれてしまった。ラルスが一発でも銃を撃てば、それを聞きつけた猟師たちが駆けつけてくるだろう。……いや、もしかしたらもう来ているかもしれない。
キオンの背後にいながら辺りの様子を伺うと、ラルスが首を振った。
「レイ、ここには俺一人しかいない。ほんとだ」
「え……?」
キオンと目配せすると、キオンは頷いた。本当にラルスだけでここに来たようだ。
「な、なんで?キオンのこと、殺しに来たんじゃねえのか……?」
「……違う」
「なら武器を置いて膝をつけ。人間はすぐ嘘をつくからな」
キオンがそう言うと、ラルスはなんの迷いもなく銃を放り投げて両手を上げながら膝をつく。
俺はラルスの考えていることが分からなくて眉間にシワを寄せる。
確かにラルスはキオンを殺しにきたわけではなさそうだ。仲間はいないようだし、なにより殺すつもりなら俺らに気づかれる前にキオンに銃口を向けるチャンスはあっただろう。
しかし、それならなぜ俺らの前に姿を現したのだ。
痛む足を庇いながらなんとか立ち上がると、そろりとキオンの背後から出て、ラルスのことを見つめる。
ラルスは一瞬こちらから目を離したがすぐに俺に目線を戻し、悲痛そうな表情をうかべた。
「……足、痛かっただろう。ごめんな」
その言葉にハッとさせられた。まさか、そのことを謝りたくて……?
少しの間のあと、「俺はもう争うつもりはない」とラルスは呟いた。
「俺はレイが人狼に脅されているのだと思っていた。だけど……それは違うんだよな、レイ」
もう、嘘をつく必要はないだろう。俺は下を向いたまま小さく頷いた。
ラルスは「そうか」とだけ言って、小さく息を吐き出したようだった。
「なんて……、詫びたらいいのか分からない。すまない、レイに辛い思いをさせたのも、狼……いや、キオンと言ったか……?君の暮らしを邪魔したのも俺のせいだ。君はヴァネッサと親しくしてくれたっていうのに」
ラルスはすっかり弱り切っていた。その様子に嘘偽りはなく、今にも泣きそうに目を潤ませていたが、ラルスを見つめるキオンの目は冷たい。
「謝るなと言っただろう。どんな理由があろうと、俺はお前を許さない」
「ちっ、違う!キオン、あのな、母さんを殺したのはラルスじゃない。……父さんだ」
この話をしていたときキオンはいなかったから、その誤解を解こうと俺は声を上げた。
しかしキオンはほんの僅かに瞳を見開いただけで、すぐに目を細める。
「しかし、こいつがヴァネッサを苦しめていたことは事実だ。……だから、こいつはヴァネッサを殺したのは自分だと言ったんじゃねえのか?」
「そんな……」
5年の月日は決して短くない。
だけど、そうやって自分の首を絞めて、ラルスはこの5年を過ごしたというのか……?
「……殺して、ほしい」
小さな声ではあったが、その声は確かに耳に届いた。
ラルスは泣いていた。その目から零れた涙で頰を濡らしながら、両手で地面に咲いた花を握り締める。
「キオン、君には俺を殺す理由がある。頼む、殺してくれ。一思いになんて殺さなくていい。腕を、足を、一本ずつ捥いで、苦しませてくれ。だから……勝手な願いだとは思っている。けど、」
そしてラルスは泣きながら頭を下げて、言った。
「クシェルのことは許してくれ」
俺はその言葉を聞いて、頭を殴られたような衝撃を受けた。
母さんを殺したのは父さん。
そしてその元凶は自分だと、母さん殺しの罪を被ったラルス。
そうか、理由はそれだけじゃなかったんだ。いや……しかし、こんなの俺の憶測に過ぎない。ただの憶測だが、もしかして、ラルスは、
「ならば、殺してやる」
キオンの言葉で我に返ると、足の怪我など忘れてキオンの前に立ち塞がる。
「だ、だめだ!そんなの俺が許さない!」
「なぜだ」
「だ……だって……」
俺はくしゃりと表情を歪める。
髪の色で悪口を言われていた俺を、慰めてくれたラルス。ラルスはいつだって俺の味方だった。
今思えば俺が息子だったからかもしれなかったが、ラルスの笑顔に数えきれないくらい救われた。それは何年経っても、何十年経っても、変わらない事実だ。
そして。
「だって、俺は……なにがあっても、ラルスのことが大好きなんだ」
このことは何百年経ったって、変わらない。
……あ、やっぱりそうか。これが罪を被ったもう一つの理由。
この瞬間、点と点が繋がって一本の線になる。
ラルスも、俺と同じ気持ちなのか。
キオンは暫し俺のことを睨む。負けじと俺もキオンのことを睨んでいたが、キオンの前脚が俺のことを突き飛ばし、俺は足を怪我していたこともあって尻餅をついた。
傷に響いて顔を顰めているうちにキオンが俺の横を通り過ぎる。
「や、やめ、」
咄嗟にキオンの身体に飛びつくがあっさり避けられ、顔面から地面に激突した。それでも止めなければという一心ですぐさま顔を上げたが、キオンはもうラルスの目の前にいた。
白い花に、ラルスの血が飛び散る。……その光景が頭をよぎり、さあっと血の気が引いていった。
「やめろ、キオン、やめてくれ……!」
俺がいればいいと、言ってくれたのに。
ラルスはキオンの顔を見上げたあと、なにも言わずに目を閉じる。
キオンも無言で見下ろしたあと、口を大きく開けて鋭い牙を剥き出しにする。
嫌だ、そんなの、嫌だ。
だが、ブワッと嫌な汗が噴き出て上手く言葉が出てこなかった。
「キオン……っ!そんな……そんなこと、したら、」
握った拳を地面に叩きつけた瞬間、白い花弁が舞い上がる。
「お前のこと、嫌いになるからな!!!」
無我夢中だった。しかし叫んでからなんてバカなことしか言えないのだろうかと、自分のことが嫌になる。
そしてキオンは俺に見向きもせず、ラルスの首へと勢いよく噛み付いた。
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