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墓までもっていく話
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俺は、他人から好かれていた。
人を笑わせるのが好きで、教室の真ん中で大袈裟に手振り身振りで昨日の出来事に「ちょっと手を加えて」話をすると、みんなが笑ってくれた。
「来週のお誕生日会に来てくれない?」
「遊ぼう」
「ラルスと一緒にいると楽しい」
学校に行けば自然とみんなが集まってくる。それがすごく心地よくて、楽しかった。
成績は悪かった。しかし、運動神経が良くて、愛嬌がある。
ただそれだけで、俺はクラスの人気者だった。
だがクラスに一人だけ、話したことのない子がいた。
俺は友達が話していることに相槌を打ちながら、少し離れているところにいる彼のことを盗み見した。
彼は休憩時間だというのに窓際である自分の席から動こうとせず、一人で窓の外を眺めている。
そこから見えるのは校舎の三階まで伸びている木と、どんより曇っている空。それから校舎の横を流れる川……なにが面白くて外を眺めているのか、さっぱり分からない。
彼には友達がいないようだった。
今まで誰かと仲良く話している様子は見たことがないし、放課後も授業が終わればさっさと帰る。おそらく彼自身も友を必要としていないんだろう……変わっている奴だなと思った。
だが、彼には俺にないものを持っていた。
遊びすぎて帰りが遅くなったとき、走って家に帰る途中で一度だけ彼を見かけたことがあったが、彼は彼の父親らしき人と一緒に果物屋で買い物をしていた。
俺は彼に気付いた瞬間、なぜか足が止まる。
彼は、俺に気付いている様子はなく、それを良いことに俺は彼を観察した。
彼がなにか言うと、男はリンゴを買い、それを彼に与える。彼は特に表情を変えることはなかったが、彼の頭をワシャワシャと撫でた父の姿を見て思った。
彼は両親に愛されている。
俺の胸の奥が、チクッとした。
友達はいないが、両親に愛されている彼。
友達はいるが、両親に愛されていない俺。
逃げるようにその場を走り去ったことを、よく覚えている。
元々女の子が欲しかった俺の両親は、俺のことを育ててはくれたが、愛してはくれなかった。
そして、どれだけ頑張っても二人目が出来なかった両親は養子をとることにした。
その話を初めて聞かされたとき「妹が出来るのは嬉しい」と笑顔で言えた俺は、本当に偉くて、本当にバカだった。両親に嫌な顔をされたくなかっただけで、嬉しいわけがない。
「女の子が良かったのに、お前が生まれてきてしまったから」
そう言われているのも同然だった。
だから家族になるその女の子と仲良くするつもりなんてなかった。顔は見たことなかったのに、頭の中で想像した彼女は悪魔そのものだった。
彼女と、初めて会うまでは。
両親が連れてきた女の子は、それはそれは可愛らしい顔をしていた。
黒い瞳と白い肌。そして両親の決め手となったのは、目を引く赤い髪だったらしい。その赤い髪は腰まで伸びており、少し癖っ毛のようだったがそれすらも可愛いと思った。
年は俺より二つ下。名はヴァネッサ。
初めて俺の顔を見たヴァネッサは表情を強張らせ、俺の母親の後ろに隠れた。
仲良くなるもんかと思っていたくせに、こんなに可愛らしい少女に露骨に嫌がられたのがショックで、俺は「ブス!」なんて思ってもみないことを言ったら、両親にひどく怒られた。
のちに両親からヴァネッサの境遇をほんの少し聞かされて、俺はひどく反省した。
ヴァネッサはその髪の色ゆえに、今まで大変な生活を送ってきたらしい。
両親は子供だった俺にあまり詳しく教えてくれず、このときは「ヴァネッサがまだ幼い頃にお父さんとお母さんが亡くなって」とだけ聞かされたが、のちに大きくなったヴァネッサが教えてくれた。
親が亡くなったあと母方の祖母に引き取られ、間もなく売り飛ばされた、と。
ヴァネッサの両親は、周りの反対を押し切って結婚したらしい。反対された理由とは、ヴァネッサの父親の髪の色が赤毛であったことが原因だった。
赤毛は「魔女」の証といわれ、父親から赤毛を受け継いだヴァネッサを祖母は快く思っておらず、金儲けに利用した。売られたヴァネッサは大きな屋敷に住む男のペットとして扱われ、約一年間、苦しい生活を余儀なくされたらしい、
言うことを聞かなければ叩かれ、飯を抜かれる。怒鳴られる。
幼い少女が他人に怯え、顔色を伺うようになるのは、一年もあれば十分だった。
しかし、転機が訪れた。
屋敷が火事になったのだ。
ヴァネッサは命からがら屋敷から逃げ出し、一晩中森を駆けて、やがて力尽きて死んだように眠った。
そんなヴァネッサを見つけたのがたまたま隣街に行くため通りかかった、孤児院で働いている娘だった。
それから孤児院で生活するようになったヴァネッサは少しずつ人に対する恐怖心が薄れていったが、赤毛のせいで後ろ指をさされ続けた。
俺は子供ながら、彼女を守らなくてはと思った。それは、同情……だったのかもしれない。でも彼女を見た瞬間から、魔女はおろか、悪魔にも見えなかった。
ヴァネッサは俺の妹だ。
俺は俺なりにヴァネッサを可愛がった。
ヴァネッサの好きなおやつは俺の分まであげて、学校でバカにされたと聞けば、そいつらをボコボコにしに行った。登下校は必ず一緒だった。
やがてヴァネッサは俺に心を開いてきた。そしてヴァネッサはよく笑う子だと知った。
血の繋がりなどなくても、ヴァネッサは俺の大切な家族になった。
そして俺にはもう一人笑わせたい人がいた。
いつも一人で窓の外を見ている彼だ。
朝学校に行けば必ず挨拶をするようにした。最初はガン無視されていたが、やがて俺の顔を見るようになったから手応えはあると思う(挨拶は返ってこないが)。
ヴァネッサがそうだったように、毎日声をかけ続ければ心を開いてくれると思ったから、毎日喋りかけた。
「昨日なに食べた?」
「好きな色は?」
最初の頃は無視され続けたが、あるときようやく俺と口を聞いてくれた。
「うるさい」
今思えば俺のメンタルは鋼だったと思う。
たとえ暴言を吐かれても、彼のことが気になって仕方なかった。
そして付きまとううちに、彼の色んなことを知った。
実は甘い物が好きだとか、休みの日は銃を持ってこっそり森に行き、射撃の腕を磨く。
他の人から見たら彼は変わっていて気味が悪い、おまけに銃好きなんて危険な奴だ、と思われるかもしれない。それは分かっていたが、俺にとって彼はとても面白い存在だった。
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