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墓までもっていく話
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一緒にいるようになって数年後。
俺とクシェルが17歳。ヴァネッサが15歳の夏。
家に飲み物を取りに行った俺が、木の下にあるベンチで待つ二人の元へ急いでいたとき。
遠目で二人がベンチにいることを確認し、二人の首筋に冷たいこの瓶を押し当てて驚かせようと考えた俺は背後からベンチに忍び寄った。
全く気付く様子もなく話している二人にほくそ笑んでいたが、俺は自分の幼稚さを思い知っただけだった。
クシェルが、ヴァネッサにキスをしたのだ。
それを見た瞬間、身体が凍りつき、あれほどうるさくてイライラしていた蝉の声が静まり返って、まるで世界から音が消えたようだった。
……あ。
まただ。またこれだ。
昔、ヴァネッサに笑いかけたクシェルを見たときと同じで、ヴァネッサの顔が歪んで、全く違うものへと変化する。
俺は、逃げた。
走ってそこから逃げた。
今ここで立ち止まったら涙が零れてしまう気がしたから、ひたす走った。
俺は、クシェルが好きなんだ。
その感情に無意識のうちに蓋をして気付かないフリをしていたことに、今になってようやく気付いた。
俺はずっとずっと、クシェルが好きだった。
好きだったから構いたかったし、笑ってほしかった。
だけど、クシェルは俺を見ていない。俺を見ているフリをして、ヴァネッサのことしか見えていない。そんなの分かっていたはずだ。
なのに。
とうとう力尽きて、俺は道のど真ん中で膝をついた。
道を行き交う人たちが、俺のことを不思議そうに眺めていくことすら、どうでも良かった。
俺は泣いた。
子供みたいに泣いた。
あのとき初めて歪んだ顔のヴァネッサを見たときの俺の分まで、泣いた。
泣けばこの感情が涙になって、地面に消えてしまえばいいと思った。クシェルが好きなとこで、誰も救われないから。
でも、消えてはくれなかった。
「……に、兄さん。あのね」
それから、ヴァネッサとクシェルは二人で出かけることが多くなったようだった。
「ちょっと図書館に行きたいの」
勿論三人でどこかに行くこともあったし、ヴァネッサは俺に気を遣っているのか、クシェルと二人で出かけるときは決まって嘘をついた。
これもヴァネッサの優しさだということは分かっていたから、俺は気付いていないフリをした。
クシェルを好きだという感情に蓋をしたように。
そして、それから間もなくして。
俺とクシェルが18歳。ヴァネッサ16歳。
ヴァネッサが妊娠した。
ヴァネッサがそれを一番に相談してきたのは父と母ではなく、俺だった。
「どうしよう……私、ちゃんとした母親になる自信がないわ」
ヴァネッサは自分を責めているようだった。
俺はそんなヴァネッサを宥めて、そして、言った。
「クシェルとなら、大丈夫だ」
ヴァネッサはほんの少し黙ったあと、少し不安そうにしながらも「そうね」と呟いた。
それから妊娠をきっかけにクシェルとヴァネッサは結婚した。
それを二人から聞かせられたとき、俺はちゃんと「おめでとう」と言えた。今度は泣かなかった。
「生まれた子供は誰に似るかな」
「ヴァネッサみたいな赤毛ならいい」
「クシェルみたいな瞳の色だったら」
二人の幸せそうな会話を聞くたびに、やめてくれと叫びそうになった。
……流れてしまえばいい。
無意識のうちにそう思ってしまった自分自身に嫌悪した。
そんなことを思ってしまった罪滅ぼしからか、俺は生まれてくる赤ちゃんのために、服やらおもちゃやらを沢山買ってクシェルに渡した。
クシェルは目を瞬いたあとに、「俺たちよりラルスの方が楽しみにしているみたいだ」と笑った。その言葉は残酷で、俺の心に深く突き刺さった。
クシェルはなにも知らない。
俺が、どんな気持ちで二人のことを見ているのか。
クシェルの胸倉を掴んで、叫びたい。
ずっとずっと好きだったと。
ヴァネッサがお前を好きになるより前から、ずっと好きだったのに。
そう言ったらクシェルはどんな顔をするだろうか。そんなの決まっている。困った顔をされて、余計に傷付くだけだ。そんな顔をされたら俺はもう耐えられないだろう。だから口が裂けたって言うものか。
「……だって、俺の妹と俺の親友との子供だからな。楽しみじゃないわけがないだろう?」
俺は奥歯が欠けてしまうのではないかというくらい歯を食いしばりながら、笑った。
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