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墓までもっていく話
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俺はなるべく優しい笑顔を心がけながら、ヴァネッサに笑いかけた。
「なにか……なにかあったら、すぐ俺に相談しろ。俺はお前の兄ちゃんなんだから」
そう言った瞬間ヴァネッサの表情が凍りついたのを、俺は確かに見た。
……え?
なぜそんな顔をしたのか分からず目を瞬いているうちに、ヴァネッサが乱暴に俺の手を振り払う。今まで俺に対してそんな乱暴な態度を取ったことがなかったため余計混乱する。
「ど、どうした?ヴァネッサ……なんだ、子供扱いされたのが気に食わなかったのか?」
「……」
ヴァネッサはなにも言わない。ただ唇を噛み締めたその表情はとても苦しそうで、俺の方まで息苦しくなった。
「なにも……なにも知らないくせに」
ヴァネッサの瞳から一粒の涙が零れる。
「私、ずっと兄さんのことが好きだったの」
そう告げられて、頭が真っ白になったのをよく覚えている。
それから言葉が堰を切って出てきた。
血の繋がりもないのに赤毛である自分に優しく接してくれたから好きになってしまったこと、俺がクシェルのことを気にかけているから、クシェルと仲良くすれば俺が喜んでくれるのではないかと考えたこと。
そして、クシェルと結婚すれば俺に対する想いを断ち切ることが出来るのではないか……と思ったのだと。
しかし、愛しているフリをして、本当は自分が他の男を好きだということに対する罪悪感。それにどうにかなってしまいそうだった、ヴァネッサはそう言った。
「こんなことを言っても兄さんを困らせるだけだって分かってたから、ずっとずっと我慢してた。でも、結婚しても、子供が出来ても、この気持ちは変わらなかった。なんで……どうして、こんなの、誰も幸せになれないわ」
顔を両手で覆ったヴァネッサを見ているうちに、いつか俺がヴァネッサに言った言葉を思い出していた。
『クシェルとなら、大丈夫だ』
そのときのヴァネッサの不安そうな表情。彼女の気持ちを聞いた今なら、あのときなにを思っていたか分かる。俺も同じようなことをクシェルに言われて、悲しくて切なくなったから。
……可哀想に。
俺は震えるヴァネッサの身体を抱き締めた。
告白されても嫌悪感はなかったが、かといってヴァネッサに対する気持ちも揺らがなかった。
しかし、ヴァネッサの手がおずおずと俺の背中に伸びてきたときある考えが芽生えてきて、俺は彼女の肩に額を押し付けて顔を俯かせた。
背筋がゾクゾクした。
なぜ、なぜだ。
なぜ俺は今、
笑っている?
この高揚感はなんだ?俺は興奮している……!
喉から漏れそうになる笑い声を、俺は唾液と共に飲み込んだ。
クシェルがずっとずっと愛していた女は、お前のことなど愛していなかったのだ。結婚して子供まで出来たというのに。
そんなことを知らないお前は、夜遅くまで妻と息子のために働いている。なんて滑稽なんだ。惨めだ。哀れだな、クシェル。俺なら慰められる。こんな風に抱き締めてやりたい。
俺はちゃんとクシェルのことが好きだって伝えたい。
だが、そこまで考えて身体から熱が引いていった。
…………ダメだ。
この気持ちを伝えても、クシェルは俺のことなんか見てくれない。
「に、にいさ、ん」
ヴァネッサが可愛らしい瞳を潤ませながら俺のことを見上げる。
俺は作り笑いをうかべて、ヴァネッサの濡れた目を優しく拭ってやった。
「ヴァネッサ。俺は、ヴァネッサが幸せになってほしい。お前が家に来たときからずっと思っているよ」
そして耳元で「また二人で出かけよう」と囁いたが、逡巡しているようだった。だから「息抜きに」と付け加えると、今度はすんなり頷いた。
恐らく、クシェルへの罪悪感なのだろう。だが、これは息抜きだからと自分に言い訳をした。言い訳をしたのはヴァネッサではない。俺が、言い訳をさせた。
クシェルの愛した女は、俺のことが好き。
……もしそれを知ったとき、クシェルはようやく俺のことを、俺自身を、見てくれるのではないだろうか。
俺のことをヴァネッサよりも、考えてくれるのではないだろうか。
クシェル、教えてくれ。
俺がこんなことを考えていると知ったとき、お前はどんな顔をするんだ?
それから、何度かヴァネッサと二人で出かけていたときだった。
「ヴァネッサはお前と一緒にいる方が楽しそうだな」
そう言って、クシェルは少し寂しそうに笑った。
だってヴァネッサは俺が好きだから。
俺はその言葉を飲み込み、ただ笑ってなにも言わなかった。
こんなに二人で出かけても怪しまれなかったのは、俺たちが兄妹だったからだったと思う。しかしルカを放ったらかしにするのはヴァネッサは勿論、俺自身も嫌だった。だから少しずつ会う頻度を減らしていった。
しかし、絶対に週三回はヴァネッサの家に行った。そして一回はクシェルが帰ってくるまでいて、クシェルと会った。
クシェルは嫌な顔はしなかった。むしろ、必ず二人で酒を飲んで、遅くまでくだらない話をした。
俺は、その時間が一番幸せだった。その代わり、酔って家に帰ったあとは布団をかぶって、一睡もできないまま朝を待った。
そんな生活が四年続いたある日のことだった。
「子供ができたみたい」
皿を洗いながら、ヴァネッサが呟いた。
クシェルが帰ってくる10分前。そんなギリギリに言い出したところで予感はしていたが、俺の膝の上で眠ってしまったルカの頭を撫でながら「誰の子供だ?」と尋ねた。
返事はなかった。その反応を見て察した。
「……子供に、罪はないわ」
ヴァネッサはそう言ったきり、黙り込んだ。
やがて玄関の開く音がしてヴァネッサがクシェルのことを出迎えに行く。ルカもその音で目を覚ますと「パパ!」と嬉しそうな声を上げながら、玄関まで走って行った。
幸せそうな三人の家族の声が遠くで聞こえる。
そんな声を聞きながら、俺は呟いた。
「愛がなくても、子供は出来るんだな」
クシェルとヴァネッサの間にルカが出来たように。
自分自身でも驚くほど低い声で、俺が思わず咳払いをすると、ルカが走ってきて「ラルス、おかぜ?」と首を傾ける。
ルカの顔は本当にクシェルの小さい頃に似ていた。だから、まるでクシェルに心配されたみたいで嬉しかった俺が「そうかもしれない」とわざとらしく咳をしてみると「ちかづかないで」と言われた。
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