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墓までもっていく話
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やがて、男の子が生まれた。
生まれてきて、その子の顔を見て、俺は安心した記憶がある。なぜならその赤ん坊は金髪でもなかったし、青い目でもなかったからだ。ヴァネッサをそのまま受け継いだかのような容姿だった。
赤い髪に、黒い瞳。レイ、と名付けられた。
クシェルはヴァネッサそっくりだったレイが可愛くて可愛くて、もしかしたらルカ以上に溺愛していたかもしれない。
ヴァネッサはヴァネッサで、レイは本当に好きな人の子供。生まれる前までは不安そうで一人でどこかに出かけることもあったようだが、傍目に見ても分かるくらいルカよりレイを可愛がった。
もしかしたらレイは俺の子供じゃない可能性もある、そう思う反面、それでもレイは可愛かった。
レイの小さな手が俺の指を握り、嬉しそうに笑うその顔を、俺は愛した。
それから、いつの間にかレイの成長を見守るのが俺の生きがいになっていた。
レイが寝返りをした。レイが立った。歩いた!
昨日出来なかったことが今日出来るようになったのが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
可愛い可愛い、レイ。……俺の可愛い息子。
だが、俺が父親だと言うことは決して許されることではなかった。クシェルへのこの想い同様、墓までもっていくつもりだったし、そうしなければいけないと自分を戒めた。
俺がそんなことを思っているなんて知るよしもなく、レイはすくすくと育って純粋で素直な子供に育った。
「ラルス!ラルスだ!!」
クシェルたちの家に行くと、決まってレイがダダダッと勢いよく走ってきて一番に出迎えてくれる。そして俺の太腿にぎゅうっとしがみついて「とおせんぼ!」と言うのがたまらなく可愛くて、だらしなく頰を緩めてしまう。
レイには、元気に、そしてそのまま素直な子に育ってほしかった。俺とは違って、真っ直ぐな子に。
月日は流れても、毎日毎日あまりにも平和すぎてこのまま幸せな生活が出来るのでは錯覚した。そう思っていたのは恐らくヴァネッサもだろう。気まぐれにあげたイヤリングを嬉しそうに受け取った彼女に少しだけ罪悪感を覚えたが、俺は幸せだった。
そんな中、俺とヴァネッサの関係を怪しいと思った人物が一人だけいた。
忘れもしない。そのときまだ16歳だったルカだ。
ルカは昔から落ち着いていて大人っぽくて、クシェルそっくりだった。だが、クシェルよりも鋭かった。
そんなルカがなにを見て、なにを聞いて、俺とヴァネッサの関係を知ったのかは分からない。だが、ルカはあるとき俺と二人になったとき、言った。
「ラルスとレイって全然似てないよね」
いつも無表情なのにそのときばかりはほんの少し口角を吊り上げ、まるで試しているかのように俺のことを見ながら、言った。
俺はその言葉を聞いた瞬間、さあっと自分の顔色が変わっていくのを感じた。
普通に考えれば俺とレイが似るわけがない。なぜならレイはクシェルの子で、レイの母であるヴァネッサと俺も兄妹といえど血の繋がりはないのだから、似るわけがないのだ。それを「敢えて」言う理由は……?
「当たり前じゃないか」と言って笑えば良かっただけなのに、咄嗟にそれが出来なかった俺を見て、ルカはふっと笑って俺のズボンのポケットに手を伸ばす。
布越しに感じたルカの手にハッとして我に返ったときには、彼の手に俺の財布が握られていた。
「お小遣いちょうだいよ、おじさん」
そう言いながらより一層笑みを深めたルカの顔を、俺は一生忘れられないだろう。
俺はルカが怖くて仕方なくなった。
レイと遊んでいるときルカが微笑むと背筋がゾッとしたし、クシェルと二人でなにか話している姿を見ればバラされているのではないかと思った。
最初はクシェルにバレてもいいと思っていたヴァネッサとの関係も、次第に知られたくないと恐怖している自分が情けなくて情けなくて、しかしルカは俺とヴァネッサの秘密を誰かに言うことはなかった。
その代わり定期的にお小遣いを強請るようになり、それがまた口止め料だということは言われなくても分かっていた。
一度ルカにやった金をなにに使っているのか聞いたことがある。ルカは俺を一瞥したあと「さあね」とだけ言って教えてくれなかった。
それから、なんの前触れもなくあの日が来た。
人気の少ない道。俺の家からクシェルの家までの近道として利用していた俺が偶然通りかかったとき、月明かりの届かない暗い路地の向こうから女性の悲鳴が聞こえて、足の裏が地面にくっついてしまったかのように足を止めた。
少しの間のあと暗い路地からぬうっと顔が出てきて、今度は俺の方が悲鳴をあげるところだった。
「クシェル……?」
出てきたのはクシェルだった。
クシェルが落とした視線をゆっくりと上げて俺の顔を見た瞬間、からんと音を立ててなにかが落ちた音がして、反射的に下を向く。
月明かりが、それを照らす。
クシェルが護身用に持ち歩いていたナイフだった。その刃は濡れていて、それが血液だと理解した途端、身体に衝撃を受け、俺は地面に頭をぶつけていた。突然のことにクシェルに蹴っ飛ばされたのだと気付くのに数秒遅れる。
痛いというよりも驚きの方が勝って、俺は目を瞬かせながらクシェルを見上げる。そしてクシェルの人でも殺せそうなほど鋭い目とかち合った。
クシェルが馬乗りになるなり、俺の胸倉を掴んで拳を振り上げる。殴られると思った瞬間、慌ててクシェルの手首を掴む。
「っ、ま、待て!落ち着け!」
俺は頭が混乱して一先ずは話をしようと、クシェルを落ち着かせそうとする。
クシェルはフーッと息を吐き出すと、その手から力が抜けた。それを見計らって手首を離したのだが、それと同時にヒュッと風を切って拳が振り下ろされて、俺の耳を掠ってその拳は地面に叩きつけられていた。
「……こっちに来い」
クシェルは元々抑揚のない喋り方をするが、今回ほど冷たい声を聞いたことはなかった。そして言われるがまま、クシェルと共にさっきクシェルが出てきた暗闇の中へと入っていった。
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