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力になりたい
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「…」
「…」
無言で歩く。俺も秀隆も何も言わないし、聞かない。引っ張ってきてしまったんだから、俺が何か言葉をかけるべきなんだろうけど、上手く伝えられる気がしない。
「……なぁ、稔」
「!な、なに?」
「…走ったから結構濡れてる」
「あ、そうだな…ごめん」
「いや、俺はいいけど、稔は帰り電車だろ?そんな状態で乗れないんじゃないか?」
「あ…、あー…、確かに。でも、大丈夫。そんなに長く乗らないから」
曖昧に笑って返すと、秀隆は読み取れないような表情で立ち止まった。不思議に思って足を止めると、そっと頬に触れられる。
「…冷たいな。体も冷えてる」
「そ、そうかも」
いつもの秀隆とは違う、ぼんやりとした光のない瞳に見つめられて、どうしたらいいか分からなくなる。
「俺の家、近くなんだ。風呂入ってけば」
「え、いや、悪いよ」
「一人暮らしだし、気兼ねしなくていい。そもそも濡れたのは俺のせいだし、な?」
「…」
秀隆が、また泣きそうな顔になる。
置いていかれたくないような、心細いような、幼い子どものように不安げな表情。
そんな秀隆の申し出を断ることなんてできそうにない。もしも何か辛いことがあるなら聞いてあげたいと思う。
「ええと…じゃあ、お言葉に甘えて…、でも着替えないから、何かコンビニで買おうかな」
「俺の家の洗濯機さ、乾燥機つきだから…その間は俺のを着てればいい」
「そ、そうか」
戸惑いながらも、俺は秀隆の家にお邪魔することにした。まだ夜は長い。終電までに帰れればいいか、なんて呑気なことを考えて、秀隆の後をついていった。
*
「色々ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、乾燥機止まるまでゆっくりしてくれよな」
マグカップを手渡される。中身はホットミルクだ。一口すすると、胸がほっとあたたかくなる。
「…」
きょろ、と周りを見る。
秀隆には「あんまり部屋綺麗じゃないけど」と言われていたけれど、全然そんなことはなくて、むしろ整理整頓された小綺麗な空間に、几帳面さが窺えた。
「何も面白いもんなくてごめんな」
申し訳なさそうに笑う秀隆は、いつもの秀隆だ。違和感はあまりない。でもやっぱり元気がないように見える。
「…」
「…」
沈黙がその場を包む。
しばらくそのままでいたけれど、不意に秀隆がこちらを向き、口を開いた。
「稔はさ、」
「ん?」
「どうして俺のこと引っ張ってくれたんだ?」
「え…、あ、…ごめんな、話してる最中だったのに。その、何か、秀隆が…嫌がってたから…」
「そっか。…ありがとな。あれ以上あそこにいたら、兄貴のことぶん殴ってたかも」
「…」
困ったような顔をしてしまったのか、秀隆がまた一言、「ごめん」と謝ってきた。違う、謝ってほしいんじゃないんだけどな…
「あのさ…秀隆」
「なに」
「俺さ、頼りないかもしれないけど、秀隆が何か困ってるんなら、力になりたいなって思う」
「…」
「も、もちろん、言いたくなかったらいいんだけどさ!その…秀隆には色々助けてもらったし、俺も何かお返ししたいんだ」
「…稔…」
それきり、秀隆は黙ってしまった。
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