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どれほど望んでも③ (河瀬視点)
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いつだったか覚えてないけど、遠くにたまたま歩いてる滉を見かけて、後を追ったことがあって。別に何か理由があったわけじゃないけど、1人だった滉が珍しいなって感じて気になったんだよな。
滉は、あるでかい家の前で立ち止まって、はぁ、とため息を吐いて肩を落としていた。
不思議に思って「滉」と呼び掛けると、振り返った滉はぎょっとした顔で俺を見つめてきた。そんな顔見たの初めてだったから、新鮮な気持ちになったのを覚えてる。
「何してんの、こんなとこで」
「お、お前こそ…」
「滉のこと見かけたから追いかけてきた」
「……へ…」
「ここ、お前んち?」
滉と家を交互に見る。滉という人間と、目の前のでかい…いわゆる豪邸、的なのが繋がらない。
まぁでも、つるんでる奴らが、滉んちは金持ちだって言ってたな。
「………そ、だけど。その、あんま帰ってねぇから、うん」
「入りづらいってこと?」
「あー、うん、まぁそんなとこ…」
滉にしては歯切れの悪い返答だ。
怪訝な顔をして見つめていると、不意に家の扉が開いた。
「!」
サァッと滉の顔色が変わる。
扉から出てきたのは、女性だった。ふわりとした紺のスカートと清楚な白のブラウスを着て、つばの広い大きめの帽子をかぶっている。
そしてこちらを見るなり、口元に両手を当てて目を見開いた。で、思いっきり走ってきた。
「こーちゃん…!」
「うわ!こっちに来んなよ!」
滉はぶんぶんと両手を振って制止しようとしていたが、女性はスピードを緩めることなく走り、門を開けた瞬間、滉に飛び付いてきた。
「うわぁ?!危ねぇ!!」
滉はその女性を抱き止めるが、勢いに負けてひっくり返る。…咄嗟に腕を伸ばした俺を下敷きにして。
「っ!」
「わっ?!…、…?!あああ秀!ごめん!大丈夫か?!」
「っ、…、大丈夫だけど、」
じ、と滉に抱きついている女性を見る。
さっきは分からなかったけど、年齢は俺らより上っぽいな。
「あー、くそ、ごめんな…ってか、俺の上からどけよ!」
滉が若干乱暴な手つきで女性を引き剥がす。
「あ、ごめんなさいね、私ったら…久しぶりにこーちゃんに会ったから」
「その、『こーちゃん』ってのもやめろ!」
「どうして? だってこーちゃんはこーちゃんよ。私の大事な大事な、こーちゃん」
「うっせぇ!」
「……滉、この人、誰?」
立ち上がり、二人に手をさしのべながら問う。
すると滉は、ばつが悪そうな顔をして目線を反らした。
「あら、あなたもしかして、こーちゃんのお友達?」
「え?ああ、…そうですけど」
「あらまぁ!そうなのね!」
女性はきらきらした目で俺を見つめ、俺の手を両手でぎゅっと掴んできた。何だ。
「こーちゃんがお友達を連れてくるなんて初めて!私とっても嬉しいわ!今日のこの日を記念日にしましょう!!」
「しなくていい!!」
「恥ずかしがらなくていいのよ、こーちゃん!ママ嬉しいわ!」
「…ママ?」
きょとん、としながら聞き返すと、女性はさらに嬉しそうに顔を綻ばせた。滉は逆にげんなりとした顔で眉を寄せている。
「……はぁ。その人な、俺の、母親…」
「はじめまして。ふふ、こーちゃんのお友達に会えて嬉しいわ。そうだ、こんなところで立ち話をしていても仕方がないから、家の中に入りましょう!」
そして、滉の母親は有無を言わせず俺の手を引っ張り、あれよあれよという間に家へと引きずり込んだ。
「…あの、俺、上がるつもりじゃ」
「美味しい紅茶をいただいたの!ケーキもあるわ。待っていてね!」
強引に座らされ、滉の母親は弾む足取りでキッチンに行ってしまった。
「…ご、ごめんな、秀…」
「いや、別にいいけど…なんていうか、すげーパワフルな人だな」
「ほんと、ほんとさぁ…うちの家族見せたくなかったんだ…あー、くそ、まじ最悪…」
「悪ぃな」
「いや、秀は悪くねぇ。ほんと自重ってもんを知らねぇんだよ、母さん」
滉は捨てられた子犬のようにしょんぼりとしながら項垂れている。見えるはずない耳と尻尾が見えた気がした。
「おまたせ!」
滉の母親は、にこにこしながらケーキと紅茶を持ってきた。
で、それからが大変で。
まずは俺のことを根掘り葉掘り聞いてきた。家のことは曖昧に濁して、というか、どっちかというと聞かれたのは滉と一緒にいるときの様子だけど、色々聞かれた。
極めつけは滉自身の話だ。とにかく滉の生まれたときから今までの生い立ちだとか出来事だとかを一気に喋りまくって、しまいにはアルバムまで持ってきて「可愛いでしょう?」と見せられて、…とりあえず、滉が赤くなったり青くなったり忙しかった。
「滉は私たちの自慢の子なの!」
しきりにそう言っていて、写真を見ても、なんていうか…愛されてんだなって、思った。
写真の中の家族は幸せそうで、笑ってて、滉は恥ずかしそうにしてるのが多かったけど、たぶん満更でもないんじゃねーかなって思う表情で、それで、
「…大切なんですね、滉のこと」
「そうね!私たちの宝物だもの!」
俺は初めて、「惨めさ」を味わうことになった。
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