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episode.50 灰色の瞳
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〜本沢side〜
「子供たちは帰りましたか。」
柔らかな声に顔を上げる。
いつの間に入ってきたのか、白衣姿の男が缶コーヒーを手に立っていた。
「…三波教授。」
三波和希(みなみかずき)。
北林大学商学部で、マーケティング論を教えている。
同じ学部の教授をやっているため、何かと関わる機会も多い男だ。
「差し入れです。」
コーヒーを渡され、ありがたく受け取る。
「本沢くん。君は、彼はどんな学生だと、思っていましたか?」
彼、とはイチを指すのだろうか。
そもそも三波は、どこまで知っているのだろう。
「彼は、優等生という仮面を被っていたんでしょうか?」
柔らかな微笑みを崩すことなく、三波は呟くように言った。
「彼を追い込んでしまったのかもしれない、私たち大人にも、責任はあると思いますか?」
本沢が答えずにいると、三波が目を開いた。
いつもは、眠たげに閉じられているように見える、その両目を。
透き通るような、灰色の目。
何もかも、見透かされてしまいそうだ。
例えばこの、欲望も。
「君は、どう思いますか?本沢くん。」
まっすぐ見つめられた。
「俺の意見を言いますけど…あいつは、追い込まれたから林にああいうことをしたんじゃないと思いますよ。あいつなりに思うことはあったんだとは思います。でも、あいつに余裕が無いようには見えなかった。」
「そうですか。」
また両目が眠たげに閉じられる。
「本沢くん。目先のことに囚われて、物事の本質を見失わないように気をつけなさい。」
「え?」
「怒り、憎しみ、悲しみ…人間は、負の感情に囚われやすい。そして、それは目先にある感情。喜びよりも前に、立ちはだかることが多いでしょう。」
三波は本沢に背を向ける。
「それに囚われると、本質が見えなくなってしまう。後悔してからでは、遅いですからね。」
三波はそう言って、教授室を出ていく。
「…本当話してくれねえな。」
他の教授たちより、自分は三波と仲良くなれていると思っている。
それは、何事にも興味のない本沢が、珍しく自分から動いたからだ。
最初は、単なる興味だった。
他の教授が、三波教授だけは、ミステリアスでよく分からない、と言っていたから、暴いてみたくなった。
けれど地道に距離を詰めるうちに、だんだんと彼が時折見せる深い暗闇が気になりだした。
そして彼をもっと知りたいと思い、手にしたいと思った。
自分の隣で、今まで他の人に見せたことのない顔をさせたい、と。
だが、三波はなかなか自分の話をしてくれない。
今回のことは、どうも三波の過去に触れたようだが、詳しいことは読み取れなかった。
「…俺も内田賢杜と同じ、ってか。」
これは執着、だろうか。
単純な好意とは、少し違うことはわかる。
賢杜と違うことといえば、三波を他の誰にも渡したくないということ。
自分以外の誰かと幸せになられるくらいなら、自分の手で不幸にする。
そのくらい、誰にも渡したくない。
もちろん、恋人になれたなら、不幸になんて絶対にしないが。
「…はっ、恋人。」
恋人になれたら、なんて考えている自分に笑った。
三波はヘテロだろうし、浮いた噂は1度も聞いたことがない。
難攻不落だ。
飲みの席で、何度か仕掛けてみたが、全くなびかないし、三波は酒を飲むことはなく、彼を送って進展を…なんてこともできなかった。
2人で出かけることでもできれば、距離も縮まるだろうが、デートの誘い方なんてわからない。
出かける時はいつも相手からの誘いだったし、本沢からすればデートなどどうでもよかった。
いや、今だってどうでもいい。
三波以外に、興味はない。
「あー…クソ…」
今になって、少しだけ今までの自分を後悔した。
が、今からでも遅くはない。
世のモテテクを全て使いこなしてでも、三波を手に入れる。
本沢はそう思っていた。
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