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episode.52 今は
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〜賢杜side〜
「…ん?今なんて?」
「バカ野郎、火事になるだろうが。」
驚いて、口にくわえていたタバコを落とした悠汰に、賢杜はそう言う。
悠汰はさっさと拾って、灰を軽く払ってからこちらに向き直る。
「で、なんて?」
「あいつと付き合うことになった。」
「…なんで?」
「付き合えって言ったからだ。」
「…いや、なんでよ?それ言ったのいつ?」
「金曜日の帰り。」
「いやいやいやいや。なんでそうなっちゃった?!そこは優しくしてさ、慰めてさ、泣かせてあげるところじゃん?!」
「…本の読みすぎじゃねえのか、てめえ。」
「わかってないなぁ……あの子絶対、しばらく泣いてないって。…あ、感動とかで泣くのとは違うからね?」
先にそう言われて、言い返せなくなる。
奏多はこの前映画を見ながら月乃と一緒に泣いていた。
「辛いよ、怖いよって言えない子は、涙流さず1人で泣いてるもんなの。賢杜は本読まなさすぎ。」
「…本は読んでる。」
「心理描写のない本をね。」
嫌味ったらしい言い方をされ、賢杜は眉をひそめた。
「しかも言い方。もっと甘いセリフで口説くとかさぁ。奏多くんだっけ?心を手に入れる気あんの?」
「もうない。あいつをおとすなんて回りくどいことはやめた。あいつの珍しい顔が見られれば俺はそれでいい。あいつは俺を愛さないし、俺もあいつを愛さない。そういう契約だ。」
「うーわ、お前バカだね。」
「は?」
悠汰の成績は悪くないが、賢杜の方が上である。
そんな相手にバカだと言われるのは心外だ。
「そんなの、あとからお前を苦しめるだけだよ?いやー賢杜は不器用だとは思ってたけど、ここまでとは…」
額を抑えて首を振る悠汰。
言っていることの意味がわからない。
「後悔するよ、絶対。」
「なんでそんなのわかる。」
「わかるからだよ。お前、奏多くんのこと本気で好きになったらどーすんの?」
「なるわけないだろ。あいつの、人に見せない顔が見たいだけだ。」
「今はね。今後絶対好きにならないの?」
「ならん。」
「はー…好きになったって相談される未来が見えるわ。」
「残念ながらその未来は間違ってるな。第一てめえに未来を見通す能力ねえだろ。」
悠汰は呆れた、といった顔をする。
どうやったって、奏多に惚れることは無い。
顔は合格点だが、性格はタイプじゃない。
従順に従い、賢杜を一途に慕うような子が、賢杜の好みだ。
奏多はその真逆。だからこそ面白いとは思うが、惚れることは無い。
体の相性だけは、最高だと思うが。
惚れることがない。
これが揺るぎない自信としてあるからこそ、奏多にあの提案を持ちかけた。
奏多をつなぎ止め、自分にしか見せない表情を手に入れるためには、それが一番いいと思ったからだ。
ただ、それだけ。
「ほんとに?」
「あ?」
「ほんとに、惚れない?」
「惚れない。興味はある。俺の周りにはいないタイプだからな。」
そう、それだけだ。
どこか、自分に言い聞かせているような、"それだけ"を、心の中で強調した。
「1つ、いいことを教えてあげる。あの子が抱えてるものは、俺たちが思ってるよりもずっとずっと重いことだと思う。」
「だからなんだ?」
「あの子は、傷つけたらいけない。いつ壊れるかわからない、脆いロボットみたいなものだ。彼が恐れている愛を、彼が欲してしまったらどうなると思う?」
「…そんなの知るか。」
「壊れちゃうよ。愛を欲して、その愛を与えられて、彼が恐れている何かが起きた時、彼は壊れてしまう。」
「そんなことは起きない。あいつが愛を欲することなんてないし、少なくとも俺は与えない。」
「…今は、ね。」
いつになく真剣な顔になった悠汰に、賢杜は驚いた。
悠汰は、何を心配しているのだろう。
「俺は、お前も、あの子も、傷つかないことを祈ってるよ。」
なぜこんなことを言ってくるのか。
賢杜が奏多に惚れない、ということも信じてくれないのか。
賢杜には全くわからなかった。
まさか、友人の言う通りになってしまう日が来るなんて、そんなことは、ほんの少しも、思っていなかったのだ。
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