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【中編】ラントルディア2
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「うっわぁ、酒くさっ」
どうやら、泥酔した一人の青年を、二人の青年が両脇から支えて歩いているようだ。
歩いている拍子に中央の青年の頭が左側に傾き、左側から中央の青年を支えていた青年の肩に頭を乗せる形になる。濃く漂ってきた酒の匂いに、左側から支えていた青年が、鼻を摘まみながら眉をひそめる。
「うるさい……」
中央の青年は、足元をふらつかせながらも、友人達を睨み付ける。端整な美しい顔を歪めて殺気を放つ様は、整っているだけあって迫力があって恐ろしい。虎や獅子すらも腰を抜かしそうだ。
「怖っ!」
「……」
その迫力に大袈裟に驚く左側の青年。からかうような動作に舌打ちした中央の青年は、不機嫌な表情で黙りこんでしまう。
「ごめん、ごめん。けどさー、また、お見合いが有るからって、そんなに荒れなくてもいいでしょ?いつもの事じゃん。失礼にならないくらい、さらっと流してバイバイすればOK!OK!ね、ジェイもそう思うでしょ?」
「ああ……」
困ったように笑いながら、手をヒラヒラと振って謝る左側の青年。右側の青年も頷いて同意の意を示している。友人の励ましの言葉を聞いても、中央の青年の表情は晴れない。俯く彼は、深い溜め息を吐いた。
「分かってはいる。だが、こうも続くと流石に嫌になる」
「まあ、もう二十七歳だからねぇー。おじさん達も焦ってんじゃない?普通なら、貴族って二十歳で結婚すんじゃん」
「私には婚約者がいる。重婚は犯罪だ。それに、【貴族の三男坊には家の財産を権利はない、食い扶持は自分で探せ】と私の事なぞ気にも留めなかったのは両親だ。それが、私が師団長になった途端、口を出すようになるのは如何なものかと思う」
中央の青年は、忌々しげに言い放つ。すると、左側の青年は慰めるようにその肩を叩いた。
「まあまあ、アベルの両親もアベルの事を考えて口出ししてるだけさぁ。実際、師団長になってから、独身の事を皮肉られる事が多くなったでしょ?やっぱ、肩書きがあるのとないとでは、同じことでも苦労の度合いが違ってくるでしょ?アベルの両親は、それで心配してんのさ」
「お前が、そう言うなら一応は納得しよう」
「うんうん、それじゃ、明日頑張るアベルの為に奢っちゃうよ。デザートが最高に美味い店を見つけたんだ。ジェイも大丈夫だよね?」
「……」
友人に同意を求めた左側の青年だったが、予想していた短い同意の声がない。不思議に思った青年達が、そちらを見ると、何故か右側の青年は通路の先を黙って見つめていた。
「あれ?ジェ「ジェェェェイィィィンンン!ちょっと、アンタ!またやらかしたわね!!この最低男ぉぉぉぉ!」
ドスが効いた野太い声の女言葉が響き渡ったと思ったら、右側の青年が見つめていた先から、化け物が現れた。
いや、化け物ではなく一応は人だが、二メートル以上はある身長で筋骨隆々な体格でピンクのフリルのドレスを着た男性というインパクト抜群な外見をしていた。
長い金髪は何故かツインテールにしており、顔には白粉を真っ白に塗りたくり、唇には真っ赤な口紅が塗られている。彼が歩く度に、編みタイツを履いた太い足に装着されたハイヒールが、ガヅンガヅンと轟音を響かせている。怖い、夢に見る、泣く、マジで泣く。
女装の男性は、右側の青年の前に仁王立ちすると、唾を飛ばしなから怒鳴った。
「まぁた、うちの女の子が泣いて働いてくれないのよ!この外道!女に貢がして貢がせるだけ捨てるなんで軍人のやる事じゃないわよ!」
ジェインと呼ばれた右側の青年は、女装の男性の迫力のある顔を前にしても動じずに、平然と対応する。
「別に恥じる事はしていない。くれると言うから貰っていたら、訳がわからない事を言い始めたから注意しただけだ」
「うるさい!!アンタらも、外見だけは良いんだから、この顔面だけ無自覚最低男を躾なさいよ!」
しれっと答える右側の青年。それに青筋を浮かべながら更に怒鳴る女装の男性の怒りは、その横の青年達に矛先を変える。矛先を向けられた青年達は、苦笑したり苦虫を噛み潰したような顔をする。
女装の男性の言う通り、三人の青年達は揃って見目麗しい顔立ちをしている。
中央の青年は、滑らかな明るい茶髪を腰まで伸ばして紫色のリボンで一つに括っている、冷たい雰囲気の青年である。流し目で見られればゾクリと快楽とも恐怖ともとれる感覚を感じるであろう、鋭い意思が湛えられた灰色の切れ長の瞳。顔は男の理想のラインを完璧に描いており、背は高く、体つきは制服の上から分かるくらいに鍛えられている。まるでギリシャの彫刻のような、完璧な外見の男である。触れれば切れそうな美貌であるが……。
左側の青年は、癖の強い麦色の髪を肩まで伸ばして香油でセットしている、緩そうな雰囲気の青年である。睫毛は濃くて長く、翡翠色の瞳は大きめで垂れており、常に笑みを浮かべている表情もあいまって、甘ったるい顔立ちである。背は中位で線の細い美形だが女々しさはなく、よく見れば鍛えている事が分かる。やはり、こちらも美形だが、中央の青年とは違って人好きのする外見である。
最後に右側の青年。彼は三人の中で一番体格が良い。鍛え上げられた筋肉は分厚く、胸板や首も太くて逞しい。普通ならば筋肉ダルマのように見えるような筋肉量だが、身長が二メートル近くあって手足が長いため、鈍重な感じはしない。黒に近い赤茶色の髪を短く切り揃えており、華美な雰囲気の他の二人と比べたら武骨な、軍人らしい雰囲気の青年である。顔付きもガッシリとした顎に意志の強そうな太い眉。への字を描く薄い唇に、野趣溢れる緋色の瞳。美形というより、男前と表現した方が似合っているような男性だった。
中央の青年の名はアベル・ラシュタリフ。ラントルディア軍戦闘課第七師団長である。右側の青年の名はジェイン・ダルク、左側の青年の名はリック・アソシア。二人とも、アベル直属の部下である。
「いやー、俺達も言ってんすけどねー」
「ジェイが昔から話を聞かないのは、分かっておられるだろう。此方は女性の方々に警告を行っている。騙している訳でもなく、警告を聞いたうえでとった行動の責任はそちらにあると思うのだが」
「見返りは求めるなと言っている。俺は悪くない」
両手を組んで自信満々に言い放つジェイン。実はこの三人組は、その美貌で結構な有名人である。その中で一見真面目そうなジェインが、意外な事に悪い男として知られている。
美形度ではアベルとリックの方が上である。しかしながら、アベルが許嫁に愛を誓っている事は有名な事で、許嫁以外の女性は彼の眼中にない。その美しすぎる美貌と冷たい雰囲気で、女性達は彼を観賞用として割りきっている。
一方のリックは、女性に対して分け隔てなく優しく気が利くので凄くモテる。それ故に、自分がどのような態度をとれば相手がどう思うか理解しているので、女性に勘違いをさせない。勘違いしそうな女性には優しく釘を刺すことも忘れないような、女性と楽しく遊ぶ術を心得ているタイプである。
問題なのが、寡黙で真面目そうな雰囲気のジェインである。
その体格で女性に敬遠されそうな物だが、意外と女子供には優しく、女性が困っていたりすると、さりげなく助力したりする。女性にスケベ心を出さずに素っ気ない態度だが、アベルのように冷たい雰囲気ではなく、だからと言ってリックのようにチャラくない。無口だが取っ付き難い訳でもなく、女性の長い話も嫌がらずに聞いてくれるし、嘘など適当な事を言わずに実直な物言いをする。包容力があるが、何処か抜けていて母性本能をくすぐる。しかも、戦闘課軍人花形の旗持ち騎兵であり、将来は安泰だ。
そう、ジェインに集まってくるのは、アベルのように観賞目的ではなく、リックのように遊び目的でもなく、結婚を狙うマジモードの女性達ばかりなのだ。
だが、女性達は誤解している。ジェインは真面目で誠実な、包容力がある凛々しい軍人ではない。マイペースかつ物臭なだけの駄目な男である。
ぶっちゃけ、女性の話なんて聞いてなくて、適当に「ああ」「確かに」「なるほど」を使い回しているだけで、「早く終わらないかなー」とか考えている。包容力がある訳ではなく、ただ面倒臭いから反論しないだけだ。しかも、自分の外見の威力を理解していないため、様々なフラグを立ててしまい、女性からの好意に気付かない。
そして結構モラルが低く、独自の感覚の持ち主(いわゆる天然)な為、付き合うつもりがなくとも、女性が何かくれると言ったら貰う(欲しいものがタダで手に入ってラッキー)、何かしてくれると言うならば受け入れる(ラッキー程度の感覚)、性交を求められれば応える(売春婦を買う金が浮くからラッキー)。
これで外見が悪かったら、ただの最低男である。
ジェインも自分が普通の人と比べたら、ずれている自覚はある為、一応は女性達に何度も警告しているのだが、そこは乙女フィルター。
貴方は誤解されてるの、私は理解しているわ☆貴方は気持ちを素直に表現できないだけ☆と勘違いした女性が貢ぎまくり、尽くしまくり、自爆する事件が多々ある。最終的には、恋人面した女性達が仕事や生活に口を出し始めたり、女性同士で争ったりして、それに苛ついたジェインが怒り、女性達の目が覚めるといったパターンだ。
今まで数度、ナイフを構えた女性に襲われた事がある。
「お馬鹿!悪気がないで済まされる事と済まされない事があるのよ!アンタも悪い!良いからこっちに来て、一先ずあの娘に謝まんなさい!」
「むう……」
そんな不幸な女性を雇っていた酒場の主人である女装の男性は、爪に赤いマニキュアを塗った大きな手で、ジェインの首根っこを掴んで、ノシノシと歩いていく。ジェインは不服そうな表情を浮かべたまま、ズルズルと引き摺られるのだった。
「あらまぁ……」
「毎回、毎回。懲りないな、アイツも」
「まあねぇ、ジェインって逆に欲が無さすぎて、他人の気持ちが分からないタイプだから。恋でもしたら変わるだろうけど、望みは薄そうだねぇ」
「ジェインが恋?月が赤くなるような物だな……」
リックの言葉に皮肉げに笑うアベル。友人を見送った二人は、目的の店の中に入っていく。
夜も更けたが、ラントルの夜はまだまだ続く。賑やかな歓声が響く船内では、沢山の人々が楽しげに行き交う。そんな中、何処からともなく現れた一人の店員が、船内の壁に張り紙を貼り始めた。
それは、遠い異国からやって来たサーカス団の宣伝の張り紙だった。
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