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そして、後退
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すると、貴仁はテーブルの上に一冊のノートを出した
私はそれにぎょっとした
「貴仁、お前、まさか龍希くんの日記を持ってきたのか?」
読むだけでもどうかと言うのに、
持ってくるなんて。
こうしている間に日記を書こうとしたならどうするつもりか?
すると、貴仁はそれは大丈夫だと言うように
「……捨ててあった。今朝の古紙回収、アイツが出した中にあった。回収される直前にゴミ捨て場を通った時に拾ったから、アイツの中ではもう無いものになってる。」
聞けばしっかりとした意識の中で捨てているので、
本当に捨てるつもりだったのだろう。と言う
それが読んでもいい理由にはならないが。と付け足すように言う貴仁の手は小さく震えていた
そして、絞り出すように言うのだ
「……逃げてきた…俺は、多分、逃げてきたんだ…」
震える手はそのままそのノートを私の方へと押し出すと、読んでほしい。と消えかけるような声で呟く
持ってきている時点で解ってはいたが、
流石に人の日記だ。気が引ける
私は自分の中で、日記を読むと言う行為に何とか正当化した理由をつけると、よし。と頷きそれを手にした
「……読むぞ?」
こうして私はこの時初めて龍希くんの日記を読んだ
そこには、
愛情という名前を持つあらゆる想いが輝いていて、うねっていて、湧き出ていて、澱んだりもしていた。
私はそれに呑み込まれる事のないように
強く唇をかみ、何かを耐えた
涙する事をなのか?驚く事をなのか?
もう自分でも何を耐えているか解らなくなっており
それは同時に、目の前の弟の今の心情がどれ程のものなのかを私へ知らしめる事となった
弟は……この男は、どのような衝撃をもってこの日記を読んだと言うのか?
最愛の人間の、消えてしまいたいと言う悲痛なまでの言葉が記入されているこの日記を。
最愛の人間が、その言葉を、自身の手で書いたのだと言う事実を、
弟は、どのような想いで読んだと言うのか
それを考えたなら、さらに多くの「何か」を耐えられなくなり、私はじっと貴仁を見た
彼は静かに泣きもせずそこにいた。
良く見たならば、今にも泣きそうではあれども
泣いた後すらその瞳に無い事から、恐らくはここに来るまでの間にも1度として涙は流していないのだろう、と言うのが解った。
泣けるタイミングなんて、ここに来るまでにいくらでも探せたはずだ。
タイミングが無かった訳ではない。
涙が出ない訳でもない。
それなのに、彼は泣かないで、今ここに居る
その姿に私は少し焦ったのを覚えている
それは、今、泣いておいて欲しいと思ったからである。
泣いて良い時だったからだ
寧ろ、その方が良い時なはずだ。
「あのな、貴仁……涙を流すと言う事は一概に弱い事でもなければ、悪い行為でもない。
泣いた方が良い時もある。
わかるよな?お前は今、泣きわめかなくとも、涙を流す事をした方が良い時だ……ここに、龍希くんは居ない。」
私は、そう言えば弟は涙を流すと思った
そうして欲しいと思った
けれども、彼はそうしなかった。
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