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赤ん坊なんて嫌いだ。
「ふぁああ…」
「なんだ篠原、寝不足か?」
盛大なあくびを同僚の浅野に指摘され、慌てて口を閉じた。
その通り、俺は寝不足だ。
だけど、仕事が立て込んでる訳でもなければプライベートが忙しい訳でもない。
「ちょっと…赤ん坊の夜泣きが煩くて」
俺がため息混じりにそう言うと、浅野はパソコンを弄る手を止めて目を見開いた。
「お前いつの間に…」
「アホか。俺のじゃなくて、隣ん家にお姉さんが赤ん坊連れて泊まりに来てんだよ…」
隣人と部屋の前で出くわしたのは二日前。姉が赤ちゃんを連れて泊まりに来るから、煩かったら申し訳ありませんと、頭を下げられた。
「まぁ、一週間ぐらいしたら帰るらしいんだけどさ…完全に甘く見てたんだよなー…夜泣きってやつを」
「そんなに参ってるのか?」
「あぁ、夜中一時間おきにギャーギャー泣かれて満足に眠れないまま朝になった」
赤ん坊に罪はない。泣くのが仕事みたいなもんだって分かってるんだけど…
「すげープーさんだもんな」
「ん?プーさん?」
俺は突然浅野が放った謎の言葉に首を傾げた。
「目の下に隈(くま)のプーさん」
「…つまんね」
「つまんなくないだろ、ほら祐美ちゃんも笑ってるし」
ふと見ると、通りがかった後輩の女子社員がクスクスと笑っていた。妙に甘ったるいその視線は明らかに浅野に向けられたものだ。
仕事も出来て、今流行りのドラマに出てる何とかって俳優っぽい顔立ちのイケメンだし、人当たりも良く人望も厚い。面白いかどうかは別にして、こうやってたまに冗談を言うユーモアもあるとくれば…
当然モテる。
秘書課の誰々が告白しただの、飲み会でメルアドゲットしただの、浮かれた女子社員の話しを耳にした事もある。
その度に、こんな競争率の高い男なんて止めとけと心の中で忠告の言葉を呟く。
ーこんな男を好きになっても報われない。また心に傷をつくるだけだー
いつしかその言葉が自分に対して言い聞かせているんだと気づいて、自覚した。
俺は浅野の事が好きなんだと…
「俺んチ来れば?」
「え?」
今なんて言った?
「だから、そんなに参ってるんだったら俺の家に泊まりに来たらどうだ?」
俺が浅野の家に…
そういえば、浅野とは入社して三年の付き合いになるが、一度も家に行った事も無ければ家に呼んだ事も無かった。好きになってはいけないという思いから、仕事上の付き合い以外は避けていたからだ。
それに、もし仮に俺が浅野の事を‘そういう目,で見ていると知っていたら、果たして俺を部屋に泊めたりするだろうか?
自分の事を恋愛対象として見ているゲイと、ひとつ屋根の下で一週間暮らす事に、嫌悪感を感じないノンケがいるだろうか?
答えはきっとNOだ。
だから俺は首を横に振った。
「いや…いい」
「いいって…じゃあどうするつもりだ?一週間そんな状態で働くのか?」
浅野は俺が断ったのが意外だったのか、怪訝そうな顔でそう言った。
「うーん…ホテルにでも泊まるか、他に泊めてくれそうなヤツ探すよ」
「なんだそれ…他の奴の家なら泊まるのに、俺の家に泊まるのは嫌なのか?」
浅野は拗ねた様にそう言うと、パソコンへと視線を戻した。
俺が断った事に対して、ここまで露骨に不機嫌になる程、俺の事を部屋に呼びたかったのかと思うと胸がキュンとした。
くそ、これだから無自覚ノンケは…
「べ…別に嫌な訳じゃない。ほら、おモテになる浅野様のお部屋に一週間も俺がいたんじゃ、その間女の子が遊びに来れないだろ?」
俺は皮肉を込めてそう言った。うん、我ながらいい言い訳だ。
「お前、俺の事どんだけモテると思ってるんだ」
「よりどりみどりのハーレム状態」
「まぁ、否定はしない」
「しないのかよ」
分かってるけどちょっとぐらい否定して欲しかったなー…
「でも、俺の事をそんなにモテると思ってるんなら一週間ぐらいお前が居候したって、女の子は俺から逃げないって事だろ?だったら俺の家に泊まるのを拒否する言い訳にはならないぞ」
う…他にいい言い訳が思い付かない。
それにしても浅野ってこんなに頑固だったか?このまま拒否を続けたら、嫌われそうな勢いというか…それはそれで困る。
「でもタダで泊めて貰う訳には…」
相手が相手だ、体でご奉仕する訳にはいかないし…って、なに考えてんだよ俺。
「タダで泊まるのが気が引けるんなら、炊事洗濯やってくれよ。それならいいだろ?」
あぁ…そっちの奉仕か。普通そうだよな。まったく、これだからゲイの考える事は…
「俺は一週間炊事洗濯しなくて済むし、お前は防音完備の部屋のふかふかのベッドで安眠出来る。この条件でもまだ断るとしたら理由は何だ?」
「うぅ…」
防音完備…ふかふかのベッド…安眠…
それは今の俺が、喉から手が出るほど欲しい環境だった。
「やっぱりお前、俺の事キラ…」
イだったらこんなに悩まねーよ。
「分かったよ…一週間お世話になります」
俺がそう言って頭を下げると…
「了解」
浅野は勝ったと言わんばかりにフフンと笑った。
…期待しちゃだめだ。
男女問わず人気者の周りには、自然と人が集まってくるがその半面、人に拒絶される事に慣れていない。
だからきっと、浅野がここまでして俺を部屋に呼びたがったのは、俺が浅野の好意を断わり別の方法を選ぼうとした事に対してプライドが許さなかったからだろう、自棄になって、引くに引けなくなっただけだ。
拒絶される恋に慣れすぎた俺とは、まるで正反対の男…
好きになってはいけないと思いつつ、だからこそ惹かれてしまう。
何はともあれ、こうして俺は、好きになってはいけない好きな男と一週間ひとつ屋根の下、暮らす事になったのである。
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