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Act 7,傷痕 ①
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浅海が目覚めたのは昼頃であった。咲が学校に電話してくれたおかげもあり、その日一日は安静に過ごすことが出来ると安堵した。「お父さんが不良に襲われたんです」と、瀬世の指示通りに説明してくれたらしい。
自分が家に帰されたことなど、意識がなかった浅海には全くわからなかった。そして、佐和田が浅海の家を知っていることさえ知らなかった。まさかの事である。
佐和田が浅海を監禁することは出来たはずなのに易々と愛してやまない浅海を帰してしまったのは、あの狂気に満ちたときでさえもどこかに理性が残っていたからだろう。浅海が最後に向かったのは佐和田の家である。もし警察に捜索されれば間違いなく簡単に見つかってしまうだろう。それがちゃんとわかっていたのだ。
浅海は一人ベッドの中で物思いにふけっていた。
――あのときの佐和田は、学校とは全く違っていた。その言葉、その一挙手一投足が浅海への執着でいっぱいであった。
『――オレの――最後の家族です』
『――……家族にしたいって思いました』
『――みんな、みんないなくなる、家族が、家族、オレの……!』
『――……いっぱい愛して、いっぱい注いで――絶対孕ませてあげる』
家族、家族、家族、と彼は口を開けばそう言った。彼は失うのが怖かったのかもしれない。これから訪れるであろう別れと孤独がたまらなく怖かったのかもしれない。
それが彼を狂乱へと誘ってしまったのだろうか。誰が見ても好青年に見える彼を、あの夜猛威を振るった悪魔に変えてしまったのだろうか。
「……瀬世」
瀬世以外の男に抱かれてしまった。瀬世以外の男に感じ、喘ぎ、よがってしまった。心だけは渡さなかったけれど、身体はたまらなく快感に震えていた。
瀬世は自分をどんな目で見ていただろう。こんなにぼろぼろになった自分を、彼はまだ愛しいと思ってくれていただろうか。泣いてくれていただろうか。
もし、嫌われてしまったらどうしよう。穢れてしまった自分は彼にもう抱いてはもらえないのか。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
もう一度あの腕に抱かれたい。あのビロードのような声で「先生」って呼んでほしい。キスをしたい。何も考えられないくらい激しく犯してほしい。全身を舐められたってかまわない。たくさんの「好き」を感じさせてほしい。
お願いだから、捨てないでほしい。
もう、あんな惨めで悲しい思いをするのは嫌だ。大好きな人が自分から離れていく辛さなんて味わいたくない。あの時の、『あんな』目で、失望したと自分を軽蔑したあの目で見てほしくない。見ないでくれ。見るな。
浅海は枕に顔を埋めた。白くて清潔に保たれているこの部屋は一人には広すぎる。物が多すぎる。元妻が残していった大きな鏡も、棚に飾られているお気に入りの娘の写真も、時計も、机も椅子も何もかもが――自分を見ている。
「あ……ああっ……」
その視線を感じ取った瞬間、たまらない恐怖と、止まらない吐き気を感じた。
浅海はすぐさまトイレに駆け込みこみ上げた全てのものを吐き出した。けれど出てくるのは強い刺激臭のする胃酸。佐和田に注ぎ込まれてしまった唾液も精液も出はしなかった。すっかり浅海の身体に染み込んでしまったのだろうか。
ふらふらとした足取りで洗面台の前に立つと、顔が酷く腫れあがった穢れた醜い男が鏡に映っていた。
嗚呼、これが自分。あまりにも哀れで無様な自分。こんな醜い傷だらけの男を誰が好んで抱くというのだろうか。それは瀬世も例外ではないかもしれない。佐和田はこんな自分に腰を打ち付けていたのか。
「……オレは、オレは」
認めたくはないけれど、認めざるを得ない。
――佐和田につけられた『傷痕』という重い枷を。
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