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幼少期
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シャンシャンと鈴の音が響き、ひらりと着物の袖が舞う。鴉の面を付け、笛の音に合わせ舞うこの子供の名は理人(りひと)。楽師の名家、朝日奈家の次男である。
楽師とは・・・歌や音楽、舞などで餓鬼(がき)と呼ばれる悪霊を祓うことを生業といている者のことだ。昔に比べ、餓鬼による被害が増えている今の時代に彼らはなくてはならない存在となっている。
かつては古い家や物に取り憑いた付喪神が豹変し、餓鬼となるという説が伝えられていたが、それを覆したのが朝日奈家36代当主朝日奈賢(すぐる)だった。賢は名の通り賢く、そして強い力の持ち主だった。数多の餓鬼を祓い、人々を救った賢は楽師の最高峰“ 神楽 ”(かぐら)の称号を持ち隠居した今でも、難しい楔方の依頼が来る名楽師なのだ。
そんな彼が祓ったモノの中で1番苦労した事件は、教科書に載っている“ 人喰い事件 ”である。
この事件を解決した彼は、こういった。
「餓鬼は闇に取り憑く。人も、動物も、虫や魚も、物品にも闇はあり、奴等はそこに付け入る。彼らは神に刃向かう、尽きることの無い悪霊である―――。」
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朝日奈の家には代々、“当主”と“カゲロウ”が存在する。現当主は理人の父、朝日奈俊樹(としき)で、カゲロウは三男の慧(さとる)である。カゲロウとなる者は、必ず銀色の髪を持って産まれてくると言い伝えられ、初代の子よりそれは絶えることなく続いていた。そして、朝日奈の長男夫婦の間には、必ず子供が二人以上出来ることも変わらない。長男は銀色の髪を持って生まれることはなく、次男以降にカゲロウの役が与えられる。カゲロウは、生まれたときから朝日奈家に縛られる運命だ。
朝日奈家は、代々強力な神力持ちが生まれる由緒正しい楽師の家系で、理人は神楽である賢の孫である。
「理人!そこの腕はこう!足はこう!何度言えば分かるのだ!最初からやり直せ!」
「あいっ!……しゃんとん、しゃんとん、くるりんとんしゃん……」
小さく口ずさみながら自分の顔よりも大きな神器を持ち、理人は叔父の俊一郎(しゅんいちろう)に教えられた通りの舞を何度も何度も繰り返し練習していた。まだ3つになったばかりの幼い理人にはかなりの重労働で、息は上がり汗は着物の色を変えている。
「とん、しゃん、とん、……しゃ……ゲホゲホ!」
3歳児とは思えない優雅な舞が、途端に覚束無い足取りになり、理人はその場に倒れ込んでしまった。そんな幼子を睨みつけ、俊一郎は稽古場に居た全員に聞こえるように言った。
「はぁ・・・全く、お前はカゲロウの証を持って生まれたのだぞ!これくらいで音をあげてどうする!今日は終いだ!煌斗(らいと)、1時間休憩しなさい。」
「ケホッ・・・あ、ありやとう、ごじゃい、まし、た。」
拙い口調で挨拶をし、稽古場を後にする理人の足取りはフラフラとしている。理人は父、俊樹(としき)の血を色濃く受け継ぎ、その身に抑えきれない程の神力を持っていた。残念なことに母の体の弱さも受け継ぎ、溢れる神力と過酷な修行で体調を崩す事が多い。練習する時間も少なく、兄の煌斗が同じ年の頃より、理人は蘭舞(らんま)を修得するのが遅れていた。
「ケホケホ・・・。」
よたよた歩き稽古場を出たものの、咳が止まらない。そして渡り廊下でとうとう、歩けなくなり蹲ってしまった。咳が治まるのを待っていると、母屋の方から誰かが歩いてくる気配がして、理人は顔をあげた。
「チッ、理人、俺の背中に乗れ。」
そこに居たのは、カゲロウの慧だった。
「へーき。あるける。ゲホッ・・・。」
「ほら、平気な訳が無いだろう。意地を張らずに・・・苦しいのか?」
歩き出そうとして立ち上がった理人は、またしゃがみ込み胸の辺りを抑えて、咳の混じった荒い呼吸を繰り返す。
「!!理人、しっかりしろ!スバル!スバル!」
理人を抱き上げた慧は、自分の守人で医師の資格を持つ、来宮昴の名を呼びながら走り出した。
「慧様、いかがなさいま・・・理人様!?直ぐにお部屋にお連れしてください!」
バタバタと使用人が屋敷を行き交い、理人の父俊樹に伝達を急ぐ。今にも止まりそうなほど弱い呼吸をする理人を、何とか救おうと昴が処置をする側では、ずっと慧が理人の手を握り、見守ることしか出来ない使用人と同じように理人の無事を願った。
暖かい、春の日のことだった。
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