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人の体温がすぐ近くにある。人の体温が俺の体温と混ざっている。この感覚を、俺は知らない。少なくとも俺の記憶ではないに等しいものだった。
「俺から逃げるな」
「っ…」
「お前のヘラヘラした薄っぺらい笑顔を見てると腹が立つのに、どうしてだろうな、無償に苛めたくなる」
「…ドSだからじゃないですか~?」
「あぁ?お前はMだろ。丁度いいじゃねーか」
「え、いつ誰が俺をMだと言ったんですかねぇ」
「その顔に書いてある」
どの顔だよ。この顔には興味がないので俺にはさっぱり分からない。そんなことより、早く手を離してほしい。ほら、開店時間2分前ですよ。
「もうオープンする時間だと思いますけど~」
「…ちっ。仕方ねぇな、これだけにしておいてやるよ」
そう言って離された手に一体何がしたかったんだろうと思いながらもほっと息をついたのも束の間。油断した俺が悪かったのか、いや絶対悪くない。首の後ろをぐいっと引き寄せられたと思ったら、目の前には狐塚さんらしき人の顔が。唇に何かが触れたと思ったのに、それは一瞬だった。
俺の勘違いなんじゃないかと思うような、本当に一瞬。その一瞬の中で、目の前で初めて見せる意地の悪い笑顔を浮かべるその人は、俺の唇と心を震わせた。
「なっ、んで」
「なんだ、凪だってそんな顔出来んじゃねーか。その方がずっといい。サルみたいな顔」
「サル!?」
「ははっ!顔真っ赤だし、本当にサルみたいじゃねーか」
「サルって言われたから怒ってるんですよ~!」
「何で怒んだよ。言っただろ、俺。サルは可愛いって」
「…!」
くっくっと喉の奥で笑う男。いつもの仏頂面はどこ行った。家出したのか、戻ってこい。その笑顔は反則だと思います。表情筋が仕事をしたがらなかった理由が分かったような気がした。
「おら、時間ちょっと過ぎてんぞ。早くオープンにしてこい」
「…分かってま~す!」
誰のせいでオープン時間を過ぎてしまったと思ってるんだ。そう怒りたいのに、初めて見る狐塚さんの笑顔に言葉はのみこまれてしまった。
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