アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
-30-
-
ただ自分と自分の兄の名前を口にしただけなのに、掌にじっとりと汗が滲むのを感じた。僕の言葉を聞いて剛平さんは一度、昆虫が翅(はね)を畳むように、長いよく揃った睫毛を伏せた。
「……そうか」
深く重くため息交じりに一言だけ吐き出し、ゆっくりと持ち上げられた瞼の奥から姿を現した瞳には、悲哀の色が深く漂っていた。
初めて見せる剛平さんの瞳に、不吉な悪魔の仕業でもあるように嫌な予感に揺すぶられる。何かを言ってほしいのに、何も言ってほしくない。このまま、今日はありがとうございました、また明日と言って家に帰りたかった。
「狐塚、遼哉…」
「…お兄ちゃんを知っているんですか?」
独り言とも思える口調でお兄ちゃんの名前を口にした剛平さんに、震えそうになる声に叱咤して問いかける。バクバクと、心臓が嫌な音を立てていた。
「満輝」
「は、い…」
僕の問いには答えず、剛平さんに名前を呼ばれて背筋がピンと伸びる。背筋を冷たい汗が虫が這うように流れた。
「すまない」
「っ…」
「満輝の気持ちは嬉しい。だが、応えられない」
それが告白の返事だと理解するのを脳が拒否する。僕の気持ちが嬉しいと言う剛平さんの表情は、全然嬉しそうなんかじゃなかった。僕がフラれているのに、剛平さんの方がずっと砂を噛むような表情をしていた。
僕に見せてくれていた偶に見せる笑顔、好きな星について話す綺麗な横顔、落ち着いた声、優しく撫でてくれた掌。心のどこかで、剛平さんも僕を好きなんだという自信があった。それは勘違いではなかったと思う。
でももしかしたら、剛平さんは男同士ということに抵抗感があるのかもしれない。まだ、自分の気持ちを認められないのかもしれない。もしそうだったなら、これから僕が少しずつ溶かしてあげたい。チャンスなら、まだまだある。
そう信じて、うまく笑おうとしながら剛平さんに明るい言葉をかけようとしたのに。剛平さんから次に吐き出された言葉は。
「…それと、会うのは今日で最後にしよう」
頭の中が白く溶け落ちるような衝撃だった。何も考えられなかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
92 / 138