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あれから大学生活にも慣れ、バイトにも慣れ、新しい生活が習慣化してきた
そして、もう一つ習慣になりうる事が
「善さん、こんにちは」
ぼーっと前を向いていた善さんに、声をかけると視線を景色から俺の方へと移した
「こんにちは」
ゆるりと笑って少し傾けた首に合わせて、サラサラの髪の毛が揺れる
善さんとこの樹の下で会う事が多くなった
約束をしているわけでも無かったけれど、授業の合間や時間が出来た時に足を運べば善さんがいつも居たからなんとなく来てしまう
「今日は少し肌寒いね」
「あー、確かに」
ふわり風が舞うたびに袖の隙間から冷たい空気が通り抜ける
善さんの格好は春にしては厚着で、それでも寒そうにして陽の当たる部分に身を寄せているのを見るとなんだか可愛らしく感じてしまう
「ふは…っ、猫みたいですね」
体を丸めて体育座りをしてる姿はまさにそれだ
「暖かいからいいの」
膝に寄せた顔を横向きに変えて真っ直ぐな瞳と目が合うと逸らしてしまいそうになるけれど、決して逸らせない
矢に射抜かれたように視線を外す事などとうてい不可能で、どういう訳かこの人の前ではそうなってしまう
「…毛布があったらいいんですけどね」
先までは可愛らしいと思っていたが、それにしては寒そうにするのでだんだんと可哀想になってくる
そんなに寒いのなら中に入ればいいのにと思うけれど大学は窮屈だと以前言っていた事を思い出してそれは出来なかった
「あはは、そんな物があったら本当にここから離れられなくなるよ」
「それもそうですね」
日差しはポカポカと暖かくて、風は冷たくて
忙しい体感温度の中で穏やかに流れる時間
「日が当たらないと、すごく寒い」
善さんの顔は、さっきとは違って膝に埋めてしまってるため見えなかった
でもきっと優しくも、柔らかくも、穏やかでもないのだろう
「ねぇ…日向があれば影が出来るのって自然の摂理だよね」
膝から顔を上げた善さんの顔は笑顔だった
「…っ、そう、ですね」
ただ、笑った顔がまた泣いているように見えて手を伸ばしそうになる
すると善さんはそれを避けるように風になびく髪の毛と一緒に前を向いてしまった
それは柔らかな拒絶だった
そして、ついさっきまでこの二人の時間が習慣になると思っていたのに
この、穏やかで暖かい時間は今日で終わりだった
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