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―――
翌日。
大丈夫だ、と言いながら眉間に皺を寄せ心配を隠せていない藤堂さんと、先生の腕は確かです、と先生にプレッシャーをかけニコリと微笑む豊島さんに見送られ、俺は病室を出た。
癌細胞を取り除く内視鏡手術を受けるために、こうして手術室の中で寝かされ変わった形のライトや高い天井を眺めている。
麻酔が効いてきたのか、見ていたライトがぐにゃぐにゃと複数に見え、だんだん意識が遠退いていく。
暗闇の中にふわふわと浮く自分がいる。
遠くに1つ眩い光があって、そこに行こうと必死でもがく。けれど、辿り着かないどころか近づいてさえいない。
動けないまま、やがて見えていた光はどんどん小さくなり豆粒くらいになってしまった。
暗闇に取り残されて泣く俺を誰かが呼んでいる気がする。
――竜。竜っ
とても優しい声。声からして男性で、真っ先に思い浮かんだのは大好きだった父さんで。
――俺はここだ。戻ってこい
どこ?どこにいるの?
父さんの姿が見当たらない。
それに戻ってこいって…
戻ってこなくちゃいけないのは父さんの方なのに。
――おい、いつまで寝てるんだ
違う。この声は父さんじゃない。
だれ?俺を呼んでいるのは、だれ?
声は聞こえるけれど、暗闇の中には差し伸べられる手も人影すらもない。
ただただ何もない暗闇は右も左も分からない。
どこへ行けばいいのかも。
――おい、なぜ起きない?ちゃんと成功したんだろう?
――手術は難しいものではないし、もう目覚めてもおかしくないんだけどな。痛みに反応しないってことは昏睡か。まぁそのうち…って藤堂は納得しないよね
――当たり前だろうが。医者だろ、何とかしろ!
「ねぇ、一緒に遊ぼ」
暗闇の中でいきなり現れた、兎和(とわ)と名乗る小さな男の子に誘われるまま後ろをついて歩く。
「こんな暗いのによく方向が分かるね」
「だって長いことここに居るから慣れちゃった」
「怖くないの?」
「怖いよ。ママがいないもん。探してもどこにもいないんだ。呼んでも返事しないんだよ」
ここにはこの子と俺の二人きりみたいで、歩いた先に大きな川が見える。
向こう岸に小さな、ほんの小さな灯りが見えて人影らしきものも見える。
「あ、パパっ…」
「兎和くん良かったね。パパが迎えに来てくれたんだよ」
向こう岸の人影をパパだと言った時から、兎和くんの表情が曇っているのは何故だろうか。
「パパは死んじゃったんだよ。だから、僕を…迎えに来たんだ。僕はもう…死んじゃうんだ」
悲しそうな顔をする兎和くんの手を引き、俺は川から逃げるように走った。
右も左も分からない暗闇だけど、ただただ川から遠ざかるようにと。
しばらく走った後、立ち止まり兎和くんを抱き締めた。
「諦めちゃダメ!兎和くんはママの元へ帰らないと。俺と一緒に帰ろう!」
途端に、うわぁーーーん、と子供らしく泣き出した兎和くんの背中を擦り、この子を守らないと、と強く思う。
泣き止み落ち着いた兎和くんと一緒に暗闇の中をただひたすら歩いた。
時計もないこの空間はやけに時間が長く感じる。
出口も光も一向に見えなくて、ここから出られないんじゃないかと思ってしまうほど。
目が暗闇に慣れてきたとはいえ遠くまでは見えないし暗闇は怖い。
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