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「……怒る?」
恐る恐るそう聞くと、先生は困ったように苦笑した。
「怒らないよ」
「本当?」
「ほんと」
その返答に俺は少しだけ冷静になった。もう一度「おいで」と穏やかな声で言われ、おずおずと近寄ると、腕を引き寄せられて、先生の膝の上に座らせられる。そして、コツン、と額が合わさった。
「ごめんな。責めてるみたいになっちゃったな」
「違うの……俺が悪いの……」
「悪くないよ。心が悪かったことなんて、一回もない」
おでこが離れていく。うまく目を見れなくて、伏し目がちになってしまう俺の頭を、先生が優しく撫でる。
「心」
「はい……」
「俺はさ、学生時代、友だちは沢山いたんだけど」
「……」
当たり前だ。先生だって、山田君と同じでキラキラしてたに違いないから。そんなどうしようもない自分との違いに、胸がチクッとする。だけど、先生が続けた話は、そんな俺の考えとは少しだけ違っていた。
「でもさ、遊ぶだけ。心みたいに、相手のことを心の底から考えて……っていうのは、なかなかなかった。そう思う相手は、一人いれば良いくらいかな」
「え……?」
思わず顔を上げる俺に、先生が優しく微笑む。
「心は確かに人付き合いが苦手かもしれない。友だちの数も少ないかもしれない。けど、戸塚君や山田……こころから思いやれる相手が二人もいる。これって凄いことだよ。俺はそんな心が、他の人より劣っているとは思わない」
「せんせ……」
「だから、もっと自信を持って。もっと、自分と周りを信じて。心が邪魔だなんてあるわけない。心が信用して仲良くなった山田は、そんなことを思うやつだった?」
「ちがっ……」
山田君はそんな人じゃない。それはよく分かってる。だって、山田君の優しさに、今までどれだけ助けられてきたか。
『なんか悩みごと?』
『俺でよかったら話聞くし』
『家族ってそれだけじゃないよな!』
『昼飯!一緒に食べよう!』
『当たり前じゃん。俺が仲良くしたいんだからさ』
『望月の新しい顔いっぱい見れて嬉しい』
『いっぱい思い出つくろーな!』
今までに交わした会話の数々。どれを思い出しても、その全てが温かくて。気付けば、一筋の涙が静かにぽっぺを伝っていた。
「……っ」
(会いたい……)
山田君に会いたい。会って、いっぱいお話して、笑いあって。そんな何気ない毎日がすごく楽しかった。いつだって山田君は元気を分けてくれて。そんな山田君と過ごす毎日が大好きで。山田君がいない生活なんて、これっぽっちも楽しくない。
(でも……俺は……)
ギュウッとズボンを握りしめ、唇を噛みながらうつむく。心に残るわだかまり。それを察した先生が、スルリとほっぺを撫でて、涙を拭う。
「先生……?」
「確かにさ、中学のときは失敗したかもしれない。でも、もう昔とは違う」
「だけど……」
「心はちゃんと成長してるよ。今だって出て行かなかったろ?それが何よりの証拠だと、俺は思う」
「そ、れは……」
確かにそうだ。俺にはどうしようもない逃げグセがあった。お父さんのことも、お母さんのことも。中学のときのことも。嫌なことは全部考えないようにして、見ないふりをした。
現に二度もこの家から……先生から逃げ出した。でも、その度に先生が迎えにきてくれて。大切だよって教えてくれて。今日は逃げ出したいとは思っても、出て行こうなんてことは少しも頭に浮かばなかった。
(俺、変われてるの……?)
不安な目を向けると、先生は俺の手を取って、ギュッと包み込んでくれた。安心する、大きくて綺麗な手。勇気をくれる、魔法なような温かさ。
「大丈夫。心は強い」
「俺が……強い……?」
「うん。心が思ってるよりも、ずっと強くて優しいよ」
「……」
「だから、自分の気持ちに正直になって。もし、頑張っても駄目だったら……そしたらまた、一緒に考えよう。何があっても、どんな結果になっても、俺は絶対に心の味方だから」
「味方……?」
「うん」
微笑んだ先生が俺のおでこに、唇を落とす。
(不思議……)
先生に強いって言われると、本当に強くなれりような気がする。先生が味方でいてくれると思えば、なんでも出来ちゃいそうな気になるの。
(もっと、変われるのかな……)
山田君の隣で胸を張っていられるくらいに、変わりたい。
(……ううん)
違う。変わりたい、じゃない。
変わらなきゃ。変わらなきゃ、駄目だ。
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