アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第31話
-
「松波くんて…好きな人いる?」
「えっ…」
それこそ突然話を振られて亨は思わず口ごもったが、矢代は亨の反応を見逃さなかった。
「そこですぐに答えが出ないってことは…いるんだな」
矢代は窓の外に目を向けたままでいた。
「その人と付き合ってるの?」
今度は亨が、矢代の問いに黙り込む番だった。表情を強張らせて俯いたまま、顔が上げられない。
「いいえ…僕の一方的な……しかも僕のせいで…僕の前から去っていかれちゃったんです。好きだって言えないまま…」
亨の目の前に広がる東京の夜景がふいに霞んだ。優留のことを思い出すといつもこうだ。
矢代は、亨の声が涙で曇っていることに気がつき、視線を亨に戻した。
「そうか…ごめん。辛いこと聞いちゃったみたいで」
会話の間が持たないのを埋め合わせるように、矢代は二杯目のウィスキーを呷った。グラスをテーブルに置いて、ふっと息をつく。
「その人のこと、今でも好きなんだ。…忘れられる気はしない?」
「無理です。まだ全然…このまま一生一人で、死ぬまで一人でも仕方ないって思うくらい…考えられないです」
二人の間に何度目かの沈黙が訪れた。周囲の話し声や店内に流れるBGMの音が急に耳の中に入ってきて、意識を奪われそうになる。
「…参ったな」
ようやく口を開いた矢代の語尾に苦味が滲む。
「君にそういうことを言われちゃうと、俺が言いたいことはみんな…君に付け入ろうとしてるみたいに聞こえそうだよな。でも言う」
矢代は亨の目を見つめた。今までの穏やかさが消えて、射抜くような強い眼差しに、亨は思わず身を固くした。
「俺は…ずっと君が好きだった。多分練習室から見かけた時からだ。自分でもまさか…ここまで引きずってるとは思ってなかったけど」
自覚がなかったのでその後何人かと…付き合ったのかそうと言えるのかわからない関わりを持ったが長続きしなかったし、違和感や煩わしさが矢代を恋愛から遠ざけていた。
「演奏会の朝、リハ室で君とすれ違ってあの時の子だと気づいた。それで君がステージで演奏するのを客席で聴いたら、ああ、もう間違いないって」
亨は言葉も返せず、呆然と矢代を見つめ返した。あの矢代が自分のことを?しかも学生の時から…?とても信じられない話だった。だけど…
驚いたのは確かだ。だが彼の言うことが亨に何らかの高揚感や、興奮を与えたかといえば、それはなかった。そして矢代もそのことを見透かしているように…視線を緩めて、寂しげな笑みを浮かべた。
「打ち上げの後、本当は君の腕を掴んででも部屋に連れて行きたかった。でも流石に…そんな勇気はなくてさ。…君も俺も男だし、自分自身、マジか?ってまだ疑問もあったから。あの時は」
「…矢代さん…」
「でも、どう考えても俺は君が好きみたいだ。正直、そっちなのか、両方なのか、あるいは君だけ例外なのか…まだよくわかってないんだけど」
「…じゃあ、もしかして…」
「そう。だから、今夜こそはと思って君をここへ呼び出した」
「でも僕には…受け入れられません」
彼ほどの男がここまで自分に全て曝け出してくれているのに。亨は目を閉じて唇を噛んだ。それでも自分は優留への…永遠に報われない想いを選ぶことしかできないのか…
「うん。そうみたいだね。君を見れば見るほど、駄目なんだろうなって溜息が出る」
「すみません…」
亨は涙声を振り絞った。
「ほんとに辛いんですけど…もし気持ちを切り替えて…矢代さんみたいな人と一緒にいられるようになったらきっと…でも、わかってても駄目なんです。どうしても…」
寂しい。寂しいけれど…
「…辛いね。お互い」
「……」
「失礼を承知で、もう一つ聞いていい?松波くんが好きだって人は…女性、なのかな」
「……」
また答えられずにいる亨を見て、矢代は眉を寄せた。
「まさか…君が好きな人も…男性?」
亨が男に好かれるタイプなのは間違いないが…
「そうです。僕も…僕も自分がどうなのかわかんないけど、好きになったのは…」
俯いたまま喋る亨の前で、矢代は自分のグラスを持ち上げて、底に残っていたものを飲み干した。氷だけが残って、からん、と音を立てるグラスを再びテーブルに置くと、矢代はグラスを置いた手をそのまま見つめていた。そして意を決したように亨に向き直った。
「だったら、一つ提案がある」
「提案…」
「君が到底、俺の恋人になってくれそうにないことは、よくわかった。だから君に求めないよう…努力しようと思う。でもそう思うほど辛くてさ。それに君も、報われない片思いをしてるから辛いんだよな」
「…そうですね…」
「今夜一晩だけ、一瞬でもそれが忘れられるかどうか…試す気ない?」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
32 / 45