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通勤ラッシュ
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朝の通勤ラッシュ。それは俺にとって苦痛でしかない。
「むぐっ!」
人より少し背が低い。
ほんの少し、背が低い。それだけで普通より上からも横からも押されて押されて、いつかきっと豆粒ぐらいになっちゃう。
身長は160センチ。高校3年。これ以上伸びることの無い身長をこれ程憎らしく思う瞬間は無い。
「うぎゃっ‼︎」
今日も今日とて、変わらず押されて潰されて、いい事なんてこれっぽっちも無い。こんな電車に乗るのもあと少し、もう少し、ほんの少しの辛抱。
「こっち、おいで。」
「えっ?」
うだうだ考えていたら、突然手を引っ張られた。電車の出入り口の脇。引っ張られた先は押されることも潰されることも無い安全地帯。
「大丈夫?」
目の前で俺が潰れない様に立っていてくれているのは、多分同い年?ぐらいの作り物のように顔の整った男。
「えっと、あの、大丈夫です。ありがとうございます。」
とりあえずお礼を言ったものの、その綺麗な顔立ちに目を奪われてしまう。
「俺の顔、何か付いてます?」
「えっ!あぁ、いえ、顔見知りだったかな?と思って…」
顔を見続けていたのを不審に思った男が、俺に声をかけてきてびっくりして慌てて言い訳を考えた。
「同じ学校ですよ。俺、2年なの。先輩、3年でしょ?」
「ええ"⁈」
あまりの出来事に、いや、あまりに顔がかっこいいから、制服に目がいかなかった。
「なんで3年だってわかったんだ?」
「3年に見えないからよく覚えてたんですよね。ちっちゃくてさ。顔もなんか可愛い感じで、童顔?だからかな。
そのくせ柔道強くてさ、びっくりしちゃった。新入生オリエンテーションの時に壇上で自分より断然大きい相手投げ飛ばしてて、ちっちゃいのにどこにそんな力あるんだろうって。」
ちっちゃいちっちゃい連呼する相手に思わず顔が赤くなる。年下のくせに自分より断然大きくて、かっこ良くて、しかも人の気にしていることをズバズバ言ってくる。
「ちっちゃいちっちゃい言うなよ??これでも一応先輩なんだぞ‼︎」
「はいはい。小柄で可愛らしい先輩?」
「俺は尚‼︎ちゃんと名前があるんだからな‼︎小柄で可愛らしい先輩なんかじゃない!」
そう。俺の名前は相楽尚 -サガラ ナオ-。ちゃんと名前があるんだ。
なんだかこの男と話していると、自分が惨めに思えてくる。
「ぶはっ!」
「なっ!何笑ってんだ‼︎」
「くくっ、先輩、尚っていうの?名前まで女の子みたい。ぷっ、ぐはっ⁈」
人の名前を聞いて笑い出した相手の溝おち目掛けて、拳を打ち込む。
「笑うな‼︎」
「ちょっ!」
ずっと押しつぶされることのなかったその空間が突然消えて、目の前の男ごと押しつぶされる。
「ふぎゃっ!」
「突然殴るなよっ!びっくりして支えられなくなるでしょう。」
そうだった。俺が潰されないで済んでいたのは目の前の男のおかげだった。
「わるい…」
「ふふっ。いいですよ、尚ちゃん先輩?」
からかっているだろうとわかっているのに、その言葉に顔が赤くなる。見られるとまたからかわれるからと下を向く。
「どうしたんですか?気分悪い?」
俺が自分の言葉で照れているなんて思ってもいない男に少し腹が立った。
「うるさい‼︎からかうなよ‼︎」
思わず声を荒げてしまった俺の口を、目の前の男が慌てて塞ぐ。
「声が大きい!別にからかってないでしょう。」
「からかってるだろ!俺のが先輩なのに…」
怒る俺を見つめるその目はなんだかすごく優しくて、一瞬ドキッとしてしまった。
「からかってないですけど、そう思ったんなら謝ります。でも、先輩が可愛いのは本当だし、しょうがないですよね。」
反省したかと思ったのに、その後の台詞に全く反省の色がない事に、また少し腹が立つ。
「名前…お前の名前…なんていうの?」
それでもなんだかちょっとどきどきしてしまうこの心は何なのだろう?
「俺?俺は春一。有村春一っての。よろしくね、尚ちゃん先輩?ちっちゃい尚ちゃん先輩の為にこれからは俺が毎朝学校まで送ってあげますよ。」
「なんでそこまでしてくれんの?」
俺の言葉に春一はニヒルに笑って見せた。嫌な予感しかしない。
「面白いから?」
やっぱり。そう思うのに、なんだかこれからのこの時間が楽しみに思えてしまう俺は、きっと、どうかしている。
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