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蜜柑
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「マァコォトォ、蜜柑とって」
「...自分でとれよ」
「だってマコトの方が近いだろ」
そう促されれば、マコトは眉間に皺を寄せながらも机の上にある橙色の甘い香りがする冬の定番である果実を掴んで、コタツを挟み向かい合わせに座ったエイタへ乱雑に投げた。
「おっと...へへっサンキュー」
躊躇なく飛んでくる果実を慌てて硬い手のひらで受け止めると、照れ笑いを浮かべた。
そして蜜柑をひっくり返して、腹の部分に指を差し込んだ。
手慣れた様子で手際よく皮を剥くと、白い繊維が纏わり付いた側面のへこんだ楕円形の身が姿を現した。
マコトはこの繊維が大嫌いだ。
何故なら口に含んだ時に変な味がするからだ。
それに見た目も気持ちが悪いので尚更である。
いざ食べようにも細く白い筋が付いていれば、毎度のことのように食べる気を削がれるのがマコトであった。
それなら取れば良い話なのだが、マコトは面倒くさがり途中で投げ出し、いつもエイタの口に放り込んでいた。
そんなマコトとは相反してエイタは繊維など気にせず口にしていた。
エイタからしてみれば、こんな美味いものを食べないなんておかしいと言いたいのだが、気の短いマコトが蜜柑を剥くたびに滲み出す嫌悪を感じとってしまうので言おうにも言えないのである。それでもやっぱり食べてもらいたい。
「マコト、食べてみろ」
「あ?...白いの付いてんだからいらねぇ」
「そんなこと言わずに食ってみろって、ほら」
「...じゃあ白いの取れよ。そうしたら食ってやらないこともない」
全く、どこの我儘お姫様だよ。
エイタはそんなお姫様のために繊維を取ることにした。
一本一本丁寧に身から剥がしていけば、たちまち橙色の艶めいた肌が姿を現した。
マコトはエイタの手の動きをジッと見つめているが、当のエイタは繊維を取ることに集中して気づいていない。
それに不満を覚えたマコトは、コタツの中ではみ出しそうなほど伸びきったエイタの右足首に爪を立てた。
「イテッ、何すんだよマコトォ」
日に焼けた肌に食い込んだマコトの白いの指先が躊躇なく肌の上でスライドされる。
その度に皮膚に伝わるこそばゆいような痛いような感覚はエイタの繊維をとる作業に支障をきたした。
「どうしたんだよ」
「...別に」
当のマコトは何事もなかったようにかぶりを振った。
しばらく経ってからエイタは再度繊維を剥がすことに専念した。
また沈黙が辺りを埋め尽くす。
どちらかと言えば静かな方が好きなマコトだがエイタと過ごしている時は騒がしくないとつまらない。
チッ...あの蜜柑の野郎のせいでと、蜜柑に悪態ついた。
しかし非があるのは蜜柑の繊維がどうのと言ってエイタに取らせている自分なので、素直に心の中で蜜柑に謝り、床に寝そべった。
心地の良い温もりが下半身を包みこんでいるので、途端に眠気が襲いかかってくる。
まどろんだ意識の中で必死に起きようとしているのだが、どうにも身体は起きたくないようだ。
「...エイタ、寝る...おやすみ」
聞こえるか聞こえないほどの小さな声で、普段は言わないおやすみを言うと意識を手放した。
「マコト!やっと全部剥け...あれ?おーいマコ
トーマコトさーん...あーあ寝ちまってる...」
すやすやと規則正しい寝息を立てて眠るマコトに、人にものを頼んでおいて自分は寝てしまうとはと、半ば呆れながらツルツルの蜜柑を一つ口に含んだ。
「うわっこれ酢っぺ!」
驚くほど酸っぱいこの蜜柑をマコトにあげなくて良かった。
ただでさえ蜜柑に変な偏見を持っているマコトにこの酸っぱい蜜柑を食べさせでもしたらもっと嫌いになるだろう。
良かった。
エイタはホッと胸を撫でおろした。
ふと、右足に違和感を感じた。精一杯身を乗り出して、マコトの方を見ると向こう側に飛び出た自分の足に白く細い手を回してそのまま眠っていた。その姿にキュンと胸を締めつけられた。
「マコト可愛い!」
ハッとして、起こさないように声を小さくしてしばらく鑑賞することにした。
いつもツンケンとした態度をとるマコトだが、今のように甘えることだってある。
マコトの可愛さに浸っていたら、今度は頬を摺り寄せてきた。
「〜〜〜っ」
言葉にならない歓喜がエイタからあふれ出ていた。
エイタは手元にあったスマホの電源を入れ、重宝しているシャッター音のならない無音カメラのアプリを開いた。
ズーム機能を使いマコトの顔を拡大する。
安らかな寝息をたてている恋人を起こすのはどうも憚られて、と言い訳を零しながらマコトを連写する。
長い睫毛に縁取られたアーモンド型の猫のような瞳は今は閉じていて、宇宙を思わせる黒を見せることはなかった。
そのことに一抹の寂しさを覚えた。
起こさないように慎重にマコトの腕から足を引き抜き、吐息がかかるほどの距離に詰め寄った。
そして桃色の薄く開いた唇にそっと口づけをした。
「んっ...」
僅かにマコトから漏れる声に興奮を抑えられないエイタはそのまま貪るように、濃厚な口づけをした。
「ん...ふぁあっ...」
ピクピクと長い睫毛が揺れて、ゆっくりと瞼が開いた。
「おはよ、マコト」
「エイタ...」
まだはっきりと覚醒していないマコトの左手を包み込むと、途端に真っ赤になってまた目を閉じてしまった。
「何してんだバカ...蜜柑は剥けたんだろうな」
「もちろんだって。でもちょっと酸っぱすぎたかな」
「じゃあ明日の朝飯に俺が蜜柑を入れたサラダを作ってやる...」
「マジで!?よっしゃー!」
明日の朝食を作ってもらえることに喜んでいる矢先に
「だから、あの蜜柑一個じゃ足りない。もっと剥きやがれバーカ」
と、言われた。
面倒くさいけど甘酸っぱい。
エイタがマコトのことを蜜柑みたいなやつだなと思った寒い冬の日のことだった。
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