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…腹が痛い。
理由は多分、いやほぼ確実にさっき飲んだ水道水だ。
どうせアイツは何年も浄水のフィルター変えないまま使ってるんだろう。
痛む腹を擦りながらようやくだだっ広いリビングへ戻ってくる。
その瞬間、目を疑った。
机の上や床に広がる原稿用紙。
「…おい、お前書けたのか?」
「吉田さん…っ、あの…それが……」
小波が慌てたように原稿用紙を抱えて見上げてくる。
…なんだ?
近寄って落ちている一枚を拾って目を通す。
"
今朝は明るい日差しだった。
変わらず体はだるくその日を目に受けてただ日常が始まるのを待つ。
もはや、それが日常へなろうとしている。
"
そんな書き出しから始まったそれは、藍川らしい美しい文節で繋がっている。
読んでいる人に苦痛を与えない綺麗な整った文節だ。
ただし
「…日記?」
内容はまるで一日を書き写したようなものだ。
主人公、…いや藍川自身の毎日に変化がなさすぎるせいである文章はほぼ同じようなもの。
読み進めても進めても進展がない。
起承転結が泣いてる。
「おい藍川。これは…」
なんだ、と聞こうと顔を上げる。
目に飛び込んできたのは目を見開いたままただただ紙へペンを走らせる"行き過ぎた天才"の姿だった。
もうインクの切れたペンは何も文字を生み出さずただ紙にキズをつけるだけだ。
止めないと、壊れてしまう。
「おい、藍川。」
「藍川さん…っ」
「…藍川!!!」
止まらない手を握りしめて肩を突き飛ばす。
ソファへ体を打ち付けてはぼーっと目の前を見つめる姿はかつての"天才"からは酷く程遠かった。
「息と瞬きをしろ。」
「心配しなくても、もう死にません。…文字の書き方忘れてなかったです。話の書き方も。ただ思いつかないだけ。見た事のあるものは書けるみたいです。」
「それはめでたいな。」
「…それ。どう思いました?」
そう言われて握りしめてシワになった原稿用紙へ目をやる。
100人中100人が"綺麗"だと言うような整った文字が並んだだけの紙。
内容は誰でもかけるような日記。
ただ違うのは文節と言葉、それから表現が人並み外れて美しすぎる事。
「綺麗だ。」
「…よかった。」
右手の手の甲を目の上へ当てそう言うと天才は幸せそうに笑いすぐに全身の力が抜けては床は倒れ込んだ。
小波のヒッという息の音とすぐに吐き出された藍川の寝息を聞きながら俺はまた原稿用紙を眺める。
…まだ早かったらしい。
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