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朝11時。
朝食も食べ終えて、テレビの前で待機する。
久々に見る藍川さんだ。
見逃す訳にはいかない。
11時ちょうど、画面が切り替わってテレビの画面には長机と大量の記者やマスコミが映し出された。
藍川さんはまだいない。
そのすぐ後、一斉にシャッター音が鳴ると画面の端からあの人が出てくる。
やけに笑顔で楽しそうに手を振りながら。
…この人はアイドルか。
椅子の前まで来て深々とお辞儀すると変わらない笑顔で正面を向く。
目線がカメラに向いて、ぴったりこっちを見ながらまた澄ましたように笑った。
「おはようございます。藍川です。
ええと…今回は、活動再開…と、新作の出版を伝えるためにこのような場を設けていただきました。関係者の方、集まってくれた皆さん本当にありがとうございます。」
明らかに机の上に置いてある紙を見ながらそう言うと、大量のシャッター音が鳴る。
久しぶりに聞くあの人の声は優しくて、やっぱり暖かくて。
笑顔もあの人何も変わらなかった。
ただ一つ変わるのは、俺とあの人が画面を挟んで反対側にいること。
「……以上です。質問のある方は順番にどうぞ。」
長々と用意された台詞を言い終えると肩の力を抜いて柔らかく笑った。
藍川さんらしい、優しい笑顔。
俺はただ食い入るように画面を見た。
「休止中は何をしていたんですか?」
「寝てました。後はご飯を食べてました。えーっと、…うーん…後は何かしたかな…忘れました。」
「休止中には女性関係の噂等も上がりましたが心当たりはありますか?」
「ううん、ありません。全く。あはは、そう言って信じてもらえるかなぁ…本当だよ。俺、家からほとんど出てないから。」
「少し前にショッピングモールで目撃情報が出ましたがその時は?また、あの時一緒にいた方はご友人ですか?」
「掃除機を買いに行きました。あの子はアシスタントさん、あれマネージャー…だったかなぁ。です。お仕事仲間さんです。」
その言葉にズキリと胸が痛んだ。
そう、俺と藍川さんは友達でも恋人でも何でもなくてただの仕事仲間。
わかってた。 わかってたけど。
「…俺は、それでも。」
まだ 貴方が好きなんです。
画面に手を伸ばしてその頬へ触れる。
ずっとこれで充分だった。
憧れだった、光だった。
今は こんなにも遠い。
「新作は悲しい物語になると広告されていますが、どのようなお話なんですか?」
「ええと…すごく、優しい子がいて…その子が世界を照らす。そんな話です。」
「モチーフはありますか?」
「僕が家に引きこもってた頃、助けてくれた人がいて。その子がいなかったら俺は死んでたかもしれないくらい…不摂生ばっかりだったんです。
真っ暗闇で前が見えなくてそれでも、一つの小さな光が射したから。 そんな…思いで書きました。
誰だって一人じゃ生きていけない、その事に世界は気付けていない。何もかも失って見えなくなってからようやく気付くんです。きっと。」
言葉を失ってポカンとしていると、藍川さんの顔が上がりカメラ越しにこっちを見る。
目が合う 離せない。
それは 今までずっと見てきたテレビの中のあの人と同じなのに。
きっと同じなのに。
「あぁ あの光がいてくれたから、明日を生きられるんだって。
小さな光があったから 生きられるんだって。
俺は何も伝えられないけど…でも、気付けないのは悪いことでもう気付いた時には遅いんだって。そんな思いを皆にはして欲しくないから、気づいてもらえるように…そんな思いを込めました。
あれ、質問の答えになってるかな…?」
鳴り止まなかったシャッター音が止まり、シンとなる。
藍川さん。それは俺のことであってますか?
俺は藍川さんの今に関われてますか?
それならどうして お別れなんて言ったんですか?
「…そ、…それは…誰ですか?」
「うん?秘密。あぁ…でも、女の人じゃないよ。全然違う人。ごめんね、ネタにならなくて。…でも良かったら純粋な気持ちで読んでほしいです。」
藍川さん。
聞いてください。
俺だって いや、俺の方が。
貴方がいないと生きていけないって気付かされたんです。
1度、触れてしまったから 近付いてしまったから。
「貴方が…俺の、光なんです…っ…」
画面の中の貴方に触れながら
もう戻れないあの日を呪った。
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