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霞
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11月も下旬。
あの日を境に俺の生活はまた昔に逆戻りした。
朝から晩までお仕事。
テレビ、雑誌、ラジオ、イベントにサイン会。
夜は本を書いてそれこそ寝る間もないくらいに。
それくらいがちょうど良かった。
暇があれば何かを思い出してしまいそうになるし、誰かに構われれば何かが崩れそうになる。
荒れていく家や悪化する体調にすら気付かないくらい俺の生活はどんどん元に戻っていく。
そう
あの日々が 異常だったんだと
ようやく気付けるくらいに。
*
「藍川さん、おはようございます。メイク終わったらすぐリハ入るんでスタジオへお願いします。」
「はい。よろしくお願いします。」
優しい誰かへ笑顔を向けて言われた通りの部屋へ入る。
中には人が三人いて皆、俺に優しく笑ってくれた。
「おはようございます。」
「おはようございます、藍川さん。今日もキマってますね。」
「そう?起きたまんま来たんだけどなぁ…でも、ありがとう。」
「いえいえ。どうぞ座ってください。藍川さん、もうすぐ新しい本出るんですって?」
「え?えーっと…うん、確か12月の頭かな。」
「さすが売れっ子さんですね。」
「あはは、ありがたいことにね。」
そんなたわいない話をしながら鏡の前へ座るとすぐに3人がかりで頭や顔をいじられていく。
この時間はいつも落ち着かない。
怖いから目を閉じて話だけする。
でも、メイクの間は名前を呼ばないと通じない話なんてないしもし後で話しかけられても目を閉じてて顔を見てなかったっていう言い訳が通じるんだ。
その変わり目を開くと、鏡に映っている自分の顔すらたまにわからない時があるんだけど。
「今日は少し甘めでいきますね。」
「顔が甘くなるの?」
「ははは、今流行ってるんですよ。お砂糖系ってやつです。」
「へぇ…お砂糖…美味しそうだね。」
「お、それじゃーもっと美味しくしちゃいますか?」
「うん?」
「今流行ってるキス思わずキスしたくなる唇ってやつですよ、藍川さんなら薄いグロス似合いますよ。」
「本当?よく分からないけど…任せるよ。」
普段、身の回りの言葉なんかはすぐに覚えられるけどメイクやおしゃれ関連だけは何もわからない。
駄目だなぁなんて思うけど今までそれで困ったことは無いから大丈夫なはず。
メイクを任せてしばらくした頃、後ろから「いいですよ」と声が聞こえて目を開く。
鏡にはいつも以上にどこか他人らしい自分がいた。
「髪の毛もふわふわだね。」
「今日は全体的にふわふわにしてみました。どうです?」
「俺に似合ってるかな?似合って見えるなら、きっと素敵だと思うよ。」
「はい、すごく似合ってますよ。な?」
「うんうん。」
「そっか。なら素敵なんだね、いつもありがとう。」
「いえいえ。」
会話がわからなくなるからいつも同じメイクさんにしてください、ってお願いしてるから同じ人なのは確か。
3人に深々と頭を下げて着慣れない服へ着替えて見慣れた廊下を歩いていく。
いつもと同じBスタジオ。
いつもと同じセットにいつもと同じ時間。
…多分、いつもと同じ人たち。
今日もそんな朝が始まる。
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