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呟いた藍川さんの目はどこも見ていなかった。
真っ白な顔は血が通ってないみたいで、それが本当に生きてるのかすらわからないくらいだ。
離れていく手を追えずに俺はただその人の顔を見つめた。
目からは何故かとめどなく涙が溢れてきた。
目の前にいる人があまりにも悲し過ぎて。
「…泣いてる?」
「すみません…どうしてか、わからない。」
「ごめんね。ずっと視界が悪かったから、目が慣れてないだけだと思う。…ねぇ、君は俺の知っている人?」
「え……?」
「声もよく聞こえなくて。君が誰だかわからないんだ。あぁ…元々、人を覚えるのは得意じゃないけどね。」
藍川さんは今、俺だと気付いていない。
それならもう会うべきじゃない俺が今ここにいると言えばこの人はきっと困るだろう。
…俺はそのまま首を振った。
「知らない人です。」
「そっか。…どこかで、会ったことあるような気がしたんだ。気のせいだったね。」
「…俺、もう行きますね。朝になったら…吉田さん、来ると思うので。」
「あ、待って。」
離れてしまおう、と立ち上がろうとした時藍川さんの細い腕が俺の方へ伸びてくる。
動きを止めゆっくりと瞬きをする藍川さんの顔を覗き込んだ。
「少しだけ手を貸してくれる?」
「…はい。」
「ありがとう。」
言われた通り手を差し出すと、氷みたいに冷たい手が俺の手に触れた。
手探りで指を探すと人差し指が握られる。
いつもと 同じだ。
「暖かいね。」
「…はい。」
「少し、このままでいてもいいかな。」
「大丈夫ですよ。」
「ありがとう。…怖い夢を見るんだ、すごく怖い夢。さっきも怖い夢を見てた。少し前まで誰かの手を握って眠ってたんだ。怖くなくて優しい夢を見てよく眠れた。
もうその彼はいなくて、それが誰だったのか俺は思い出せないけれど。」
目を閉じたままの藍川さんは少し微笑みながらそう言うともう口を結んで何も言わなかった。
ただ冷たい指先だけが俺の手を握っていて。
この人の記憶にも思い出にももう俺はいないってことしか俺にはわからなかった。
「本当に、…すぐに忘れちゃうんですね。」
寝息を立てる藍川さんの髪を撫でた。
俺は貴方の声も、顔も仕草も。
片時も忘れたことは無かった。
笑う時に揺れる肩も耳に髪をかける癖も、ゆっくりと瞬きをする横顔も 甘えたような笑顔も。
俺の中で貴方は 少しも霞んだりしなかった。
例え 貴方の中で俺が 他人 になってしまっても。
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