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午後6時。
最後の本をまとめ終えてもうほぼ誰もいないディスクを見回す。
うちの部署は基本的に定時退社を約束にしてるため仕事がない限り5時には帰ることになっている。
俺を除いて。
の、はずなんだが。
「残業代付かねぇぞ。」
「…いりません。」
「ここに居たってアイツには会わせられない。帰れ帰れ。」
「そうなんです、けど…」
何か言いたげな顔で1時間俺の目の前に座り続けた新入社員はそこまで言うと結局黙り込んだ。
コイツの言いたい事もわかるが藍川に元々人間らしいことを望む方が馬鹿だ。
置いて帰ろう、と鞄に荷物を突っ込んでいると小波は消えそうな声で呟いた。
「…本当に俺の事、忘れてしまったんでしょうか。」
「認識されないなら忘れられたんだろうな。」
「そんな事、普通ありますか?この人誰だったかなって事はあっても完全に人のこと忘れるって…名前も、存在すらも忘れるなんてそんなの…」
「普通はなかなか無い、あったら病気だ。でもアイツは普通じゃない。記憶するって事を知らないんだ。」
「言葉や物のことはよく覚えてるのにどうして人の事だけ?そんなのおかしいじゃないですか、もしかして忘れたフリをしているだけで本当は全部…」
自分勝手な推理をする小波に怒りが湧いてくる。
そうじゃない、アイツはそんな簡単な事じゃない。
コイツなら藍川の事を少しは理解してやれると思った。
何か変えてやれるんじゃないかと思った。
とんだ勘違いだったらしい。
「吉田さんの事だって名前を聞いたら思い出し、…」
「ふざけるな、何回も言ってるだろアイツは普通じゃないんだよ!!」
「…普通じゃないってそんな差別みたいなこと、…っ」
「覚えられないんじゃない、忘れるんじゃない!覚えたくないんだ…っいつか嫌われるのを、捨てられるのを裏切られるのを!!アイツはもう何回だって味わってきたから何にも信じたくないんだ記憶に残してたくないんだよ!
そこまで言わないとお前にはアイツが理解できないか!?」
「覚えたくない、って…」
可愛い可愛い部下に手を上げるのはおかしい。
だが、そうでもしないとコイツは何も理解なんかしちゃくれない。
俺は小波の胸ぐらを掴んだまま怒鳴り散らすと床へ体を突き放した。
「…わかってやってくれよ、アイツは普通じゃないんだ。おかしいくらいに狂ったくらいに悲劇的な奴なんだ。お前の事を忘れたのもお前が悪かったんじゃない。
自分を守るために忘れただけなんだ。」
「吉田さんは、どうしてそこまであの人の事を……?」
床に倒れ込んだ小波は首を抑えながら俺を見上げるとそう言った。
どうして?
そんなの 俺が初めに出会ってしまったから。
それだけだ。
「…あの、なんかすごい声聞こえたんですけど大丈夫です…?」
その声に慌てて顔を上げると、入口のドアからヒョッコリ顔を覗かせてキョロキョロと部屋を見回す藍川がいた。
まずい。
小波に会わせないほうがいいのは確かだ。
幸い床に転がってくれてるおかげで藍川の位置からは見えないだろう。
「あー…コピー機が壊れたからキレてた。もう帰る。」
「…相変わらずですね。今日も一日お疲れ様です。」
「どういう意味だ。おら、約束通り送ってやるから駐車場まで行け。」
「ええと、どっちでしたっけ。」
「右だ右。右行って地下まで行って左行って右だ。」
「…いや、わかりません。」
小波を置いたまま怪しまれないように藍川の背を押してそのままフロアを後にする。
一応、明日謝っておこう。
…もうこんな事がないようにしないといけない。
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