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藍川さんの声だけが会場へ響いてそのまま落ちる。
俺は思わず隣に座る吉田さんの顔を見上げた。
難しい顔をしたまま口を結んで何も言わない。
「好きだから、書いて…それが好かれて。だから続けさせてもらえた。…僕は確かに努力していないかもしれない。ごめんなさい。…そうとしか、言えません。」
「じゃあやめろよ!!目障りなんだよお前、誰ももう、お前なんて求めてねえよ!!!」
マイク越しじゃない肉声がそう響いた。
胸がズキリと痛んだ。
何も知らないくせに、何も分からないくせに。
あの人のことを馬鹿にしないで。
あの人が、どんな思いで生きてるか知りもしないで。
「っ、…」
「…やめろ。黙って見とけ。」
「どうして……!」
「あれが。…天才作家藍川の、今だ。」
声を出そうとした俺の腕をつねると吉田さんは小さな声でそう言った。
俺は何も言い返さずに舞台の上で何も言わずに客席を見上げる藍川さんへ視線を移した。
もう何も言わない。
何も言えないのかもしれない。
誰にも求められてないと言われて、誰がどう反論できるんだろう。
「…皆さん、ありがとうございました。本日の舞台挨拶はここまでとさせていただきます。引き続き映画の方を……」
長い沈黙のあと、司会者のそんな下手な締め言葉で舞台挨拶は終わった。
藍川さんはニッコリと笑って客席へ手を振っていた。
気がついた時にはもうあの暴言を吐いた男はいなかったし、本当はあったはずの客席を写す記念撮影は行われなかった。
そのまま藍川さん達は舞台袖へはけ、アナウンスが流れ始めた。
「俺、アイツの所へ行ってくる。お前は映画見てろ。」
「…俺も行きます。」
「来るな。お前は赤の他人だろ。」
立ち上がりかけた体を座席へ押し戻され、そのまま吉田さんは行ってしまった。
俺は追いかけられなかった。
俺は赤の他人。
その言葉になんの間違いもなかったから。
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