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珈琲を飲み、買い物に行き、なんとなくテレビを見ているうちに今日は終わっていた。
夕方の5時過ぎ。
急に藍川さんが時計を見上げると声を上げた。
「うわぁ!ごめんね小波くん、もう帰る時間なのに…」
「え?」
「これ、残業手当とかちゃんと出る…?俺が払えばいいのかな…?」
「落ち着いてください、そんなにシビアじゃないですから…!それに仕事というかテレビ見てただけですし…っ」
「本当にごめんね、うっかりしてた。…明日からはちゃんとアラームかけておこっか。」
しょんぼりとした藍川さんが何度も頭を下げる。
確かにもう定時はすぎている。
でも、どちらかというとまだここにいたいくらいの気持ちだった。
なんとなくこの人から離れたくなかった。
「今日もありがとう。また明日、会えるの楽しみに…」
『今日、SNSのトレンドに"藍川"の二文字が入りました。あの天才作家藍川さんが都内のショッピングモールにいたと話題入りです。
それでは天才作家藍川さんについて…』
「…あ。」
「やっぱり話題になってますね。」
テレビには今日、誰かが携帯で撮ったであろう藍川さんの写真。
ファンサービスをする姿や、困ったようにまゆを下げる姿。
『最近は不調により新作は出ていません。田中さん、藍川さんについてどう思いますか?』
『若い作家として才能はあるんだけどね、少しばかり甘えたところがあるんじゃないかな。…いやぁ、続けられないなら価値はない。』
『なるほど…藍川さんは二年前に出した群青色の夢を最後に、…』
藍川さんの目が真っ直ぐに画面を見つめる。
その目は、暗くて光が見えない。
真っ黒だ。
ただ一点を見つめたまま少したりとも体が動かない。
テレビは止まらずに藍川さんのことを語り、そして否定し批判を続ける。
"天才作家藍川"という言葉で潰していく。
「藍川さ、…」
「この人。優しい人なんだ。よく褒めてくれた。ご飯に連れて行ってくれてね、きみの物語は素敵だって言ってくれた。
一年半前くらいかな。テレビで酷い事言うようになったよ。嘘のこと、たくさん。」
「…そうなんですね。」
「ねぇ、小波くん。」
真っ黒の目が小さく閉じて俺へ向けられる。
悲しみと、苦しみに染まった目。
「俺。人を嫌いになりたくないよ。」
藍川さんが本をかけなくなった理由。
それはもしかすると
傷つきすぎたんじゃないか と
そう思った。
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