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僕は澤田さんと別れて
桜が満開に咲いている中庭に、来ていた。
「ー…。」
思わずため息を漏らしてしまう程、桜は美しく咲き誇っていた。
その様は
散る運命をも受け入れて
今在る命を、最大限に輝かそうとする
潔さを感じた。
???僕とは、大違いだと
思ってしまった。
卒業後、日本を離れてエドと起業することを決めた僕は
家族以外の誰にも話さなかった。
家族にも、大層驚かれて
何度もその意思の強さを確認された。
優秀なエドと一緒とはいえ、高校を卒業したばかりで起業する事の困難さを説かれたりもした。
それでも、僕は頑に意思を貫いた。
そんな僕に、家族は説得を諦めた。
もしかしたら、以前過労で倒れた理由を知って、何か思うことがあったのかもしれないが
それは僕の知る所ではない。
学園のみんなに言わなかったのは
ただ、僕の意地だった。
逃げだと、悟られたくなかったのだ。
それに
玲司に知られれば、その理由を聞かれる。
とってつけたような理由は通用しない相手だから、何かボロが出ないか心配だった。
親衛隊の子達は、外部に行く事を
薄々気付いていたかもしれない。
僕の恋の相手を知らない彼らだけど、僕の憂いや心の不調に敏感な子達だ。
だから、敢えて何も言わなかった。
みんなと同じように授業を受けて
寮に戻れば、イギリスの大学を視野に入れて受験勉強に励んだ。
怪しまれないように、勉強するのは自室だけに留めた。
徹底したおかげで、誰にも勘付かれることはなかったと思う。
さすがに担任には、口止めをした上で話さなければいけなかったけれど。
担任にもかなり驚かれた。
理由を聞かれたけど、『若いうちに、色々な経験を積みたい』とだけ答えた。
まぁ、嘘ではない。
「「はるせんぱーい!」」
桜を見上げていた僕の腰に、衝撃が走った。
「っっ!海斗!陸斗!!何度言ったら分かるの!!?」
明らかすぎる犯人に、思わず怒鳴る。
下に視線を遣れば、
思った通り、双子達だった。
「あははー!『後ろから勢いよく抱きつくなーっ』だっけー?」
「あははー!いいじゃんいいじゃん!しばらく会えないんだから!!」
けたけた笑う双子に脱力する。
「楠木も止めてよ…。」
その後ろで寡黙に控える楠木にも、苦言が漏れる。
「…まぁ、いいか、と…。」
静かに返されたその言葉に、双子達は笑う。
ほらねー!とか、剣もそう言ってるしー!とか…。
良くないよ…とため息を吐く僕に
「「春先輩、ごそつぎょーおめでとーございまーす!!」」
「おめでとう、ございます…。」
との祝いの言葉。
双子と、あまり見る事の無い楠木の笑顔に
「ふ、…ありがとう。」
自然と笑いが漏れた。
「春先輩!春休み遊ぼーよ!!」
「玲先輩も一緒だよー!!」
その誘いには、
「…誘ってくれてありがとう。でも、ごめん。ちょっと、無理かも…。」
言葉を濁す。
「えー!!うそでしょー!?」
「えー!!しいちゃんも来るのにー!?」
しいちゃん
椎名…あのコの名前。
馬鹿双子…余計行くわけないじゃないか…。
そう言いたくなるのを懸命に抑えて謝り、断る。
喋らせておけば、夏の予定まで言い出しそうな双子を止めるため
「あそこに居るの獅童じゃない?」
生け贄を差し出す。
遠くに見えたのは、元風紀委員長の獅童。
不良のような格好の獅童だが、その性格は至って???生真面目。
双子のいたずらの格好の餌食だった。
「っホントだ!…海斗!」
「おっしゃ陸斗!!」
2人頷き合うと、一目散に駆け出した。
「春先輩!また会おうね!!」
「元気でね!!」
という言葉を残して。
きっと1年後にはまた同じ大学に通えると、思っているからこその軽い挨拶。
そんな彼らを騙す僕の、なんて??身勝手な…。
「また、会おうね…。」
だから、必ずまた会おうと思う。
何年後になるか分からない。けれど、必ず???。
思わず小さくなってしまった僕の声に、何を思ったのかは分からない。
じっと見つめる楠木に
なに?と首を傾げる。
「…先輩は????いえ、…何でもありません。」
歯切れの楠木。
不思議に思う僕に、彼は新たに話しだした。
「…藤峰先輩、色々とご迷惑を、おかけして…すみませんでした。
それと、???ありがとうございました。」
珍しく長く話す楠木に、驚いたが
感謝の言葉にくすぐったくなる。
「僕こそ、ありがとう。」
自然に出た、僕からの感謝に
楠木はぶんぶんと顔を振る。
「…俺は何も。」
無表情で言葉少ない後輩だが、耳を赤くしたその姿を
可愛らしいと思ってしまう。
「先輩、どうぞお元気で…大学、頑張って下さい。」
「楠木も、???頑張って。」
そろそろ双子を止めに行こうと思ったのか、2人が消えた方向に向かう背中を
僕は見送った。
「もしかして…楠木、気付いてた…?」
そんな僕の独り言を聞いたのは、はらはらと散る桜だけだった。
双子や楠木と一緒かと思った
玲司とあのコの姿は、見られなかった。
おそらくは
一緒に過ごす最後の学園を、見て回っているのだろう。
2人の姿を見なくて、良かった。
やっと、
苦しみから
悲しみから
???つらい片思いから
解き放たれる。
玲司と離れる事は、辛い。
だが
玲司の傍に居る事の方が、辛い。
だから
???離れる。
僕を知らない、玲司のいない新しい環境で
起業して、大学に通って????。
それはきっと
大変で、困難な道だろう。
だが、その道を一生懸命進むうちに
失恋の痛手から
少しずつ、少しずつ立ち直ることができる。
そう思っている。
みんなの前から黙って消える僕を
隠そうかというほどに
桜の花びらが、散って行く。
そんな幻想的な思考から
「??春人先輩。」
現実に呼び戻す、聞き慣れた声。
「???三鷹。」
僕の、親衛隊長。
???いや、元 親衛隊長か。
「式の後片付け、済んだ?」
三鷹 諒
彼は今、???生徒会長だ。
濃い茶色の、短い髪は爽やかで。
整った顔をすっと通る鼻梁も、僕が見上げる程の身長も
彼を凛々しく見せる。
長い足は、離れていた僕らの距離をすぐに縮めた。
手を伸ばせば、触れられる距離に居る三鷹を見上げる。
お父上は、製薬企業の社長だったか。
たしかここ十数年で急激に成長した会社だったと、記憶している。
家柄も容姿も、親衛隊を作られるレベルの彼が
僕の親衛隊長になったと聞いたときは、驚いたものだった。
たしか、中等部のときに
放課後、体育館の鍵締めに行ったところで初めて会った。
爽やかな外見に違わず、彼は優秀なバスケ選手だった。
その実力は、上級生を凌ぐもので
やっかみを買う事も多かったという噂を聞いた。
だが放課後、部活の練習後に
1人残って練習する彼を見て、素直に感心したことを覚えている。
彼の実力は、確かな努力の賜物だった、と。
そのとき何を話したかは忘れてしまったが、大した事は話していないと思う。
だから、高等部に上がったばかりの彼が
親衛隊長になったと挨拶しにきたときに、驚いたのだ。
小さく、そこら辺の女の子より女の子らしいコが多い親衛隊の中で
彼が上手くやれるのか、最初の頃は心配したものだったが
それは杞憂に終わった。
良い意味で予想を裏切り、彼は上手く隊をまとめた。
僕と親衛隊が歩み寄る機会を作ってくれた。
僕が倒れたときは、傍に居てくれた。
常に支えてくれる、心強い味方で
頼もしい後輩だった。
「春人先輩、卒業…おめでとうございます。」
今日何度目かになる祝いの言葉も、この後輩に言われると
なぜか特別な響きに聞こえる。
「…ありがとう。三鷹の送辞、カッコ良かったよ。」
気恥ずかしくて、揶揄うように言う。
堂々とした三鷹の送辞に刺激されたのか
玲司も、いつもより覇気の篭る答辞だったように思う。
僕の揶揄いに少し顔を赤くさせながら、
三鷹は
「そりゃ…春人先輩を送る、言葉ですから。」
僕を真っ直ぐ見つめてくる。
直後、僅かに切なく歪められた顔を見ていられず
僕は三鷹に背を向けた。
目の前の桜を見上げながら思う。
???三鷹の真っ直ぐな想いは、眩しい、と。
いつもだ。
いつも三鷹は僕を真っ直ぐ見つめてくる。
だから、三鷹の気持ちに気付くのはすぐだった。
三鷹は僕を、??好きなのだと。
尊敬ではない、恋慕だと。
三鷹の気持ちに気付いたからとはいえ、彼から何も言われないことに
僕は胡座をかいていた。
僕の心には、玲司がいたから。
頼もしい後輩だと、心強い味方だと線を引き
三鷹に信頼を寄せながら
僕は彼を???利用していたのだ。
なんて酷い先輩だ、と己を嗤う。
真っ直ぐに想いを寄せてくる三鷹を直視できない僕は、どこまで逃げるのだろう。
玲司を想う気持ちを捨てきれず、三鷹の想いに向かい合うことも出来ない。
思わず、俯いた僕の視界に飛び込んで来たのは
後ろから伸びて来た
2本の腕。
「…っ」
後ろから、ぎゅっと抱きしめられた。
途端にばくばくと大きく鳴る鼓動。
じゃれ合い以外の接触に、僕は慣れていなかった。
「み、たかっ…!」
「っお願いします。」
慌てて抜け出そうとする僕を止めるように、三鷹が懇願する。
「お願いだから、このままで…答えて下さい…っ。」
ともすれば泣くのではないかと思わせる
三鷹の、絞り出すような声。
「あなたは、????どこへ行くつもりなんですか…?」
僕の肩に、額を押し付けて
問われたその内容に、
息が 止まる。
「バレてないとでも、思いました?
……分かるに、決まってんでしょうがっ
俺は、ずっと先輩を???見てたんだから!」
聞いている此方まで、切なくなる声。
「お願いだから、…教えて??!」
僕が三鷹の気持ちから逃げる度、三鷹を追いつめていたのかもしれない。
こんなに、感情を露わにする三鷹は
倒れた時以来、だ。
その事に、胸が締め付けられる。
三鷹の、真っ直ぐな想いに
僕も向き合わなければならないのだ???。
だから、
???言おう。
「…今日、??日本を発つよ…。」
そう思って告げた答えに、拘束が強まる。
「どこに…?」
「それは、…言えない。」
「っなんで!!」
声を荒げる三鷹に、諭すように言う。
「言ったら三鷹、来ちゃうでしょ…?」
「あたりまえっ…!」
「家族にも、」
三鷹の声を遮って続ける。
いつの間にか、三鷹の手を握っていた。
「…家族にも、しばらく会わない…つもり。」
その言葉に、後ろで絶句したのが分かった。
「友達に誘われてね、会社を起こそうと思ってる…。
……大学も、向こうの大学に行くつもり。
会社が波に乗って……僕が、僕の心が落ち着いて、成長するまでは…
家族にも会わないように、しようと思ってる。」
「……し、ばらくって…?」
聞こえる小さな声に、答える。
「何年かかるか、分からない。???10年、かも…。」
その答えに、一時緩んでいた拘束が
再び強まる。
「そ、なの嫌だ…。行かせたく、ない…です。」
幼子のように額を肩に擦り付け、嫌だ嫌だという三鷹に、苦しくなる。
こんなに、僕を想っていたのか???と。
初めて
彼の、三鷹の想いを明確に示された。
爽やかな彼には似つかわしくない
強く、激しく、熱い
だけど
彼らしく
真っ直ぐな????想い。
初めて向き合ったそれは確かに、僕に届いて
不思議な事に
ひどく
心地よかった。
ああ、そうだったのか???。
ふと、自分のネクタイが目に入った。
学園の制服は、ネクタイ以外は指定されている。
だがネクタイだけは、個人の自由なデザイン・色・ブランドで作る事を許可されている。
僕のネクタイは、いくつかあるが
その中でも今付けている臙脂色のネクタイは、気に入っていた。
表は無地で、裏地に銀糸で『H. Fujimine』とイタリックの名前が刺繍されている。
不意に思いついた考えは、僕を少し笑わせた。
「先輩…?」
いきなり笑った僕を訝しんで、三鷹が肩口から顔を上げる。
それを無視して、
僕は
????ネクタイを、解きだした。
「は、…え?」
僕のいきなりの行動に、三鷹は慌てる。
それがすこし面白かったが、手が邪魔だ。
拘束していた三鷹の手をどけて
僕は、完全にネクタイを取った。
ついでに、第一ボタンも開ける。
途端に春の空気が、先ほどよりも肺と胸元に入り込む。
「ちょ、え?春人先輩!?」
なぜだか
赤くなっている三鷹だったが
それもまるっと無視して
三鷹の紺色のネクタイに手をかけた。
満開の桜と、気持ちの良い春の空気が
僕を積極的にしたのかもしれない。
僕を直向きに想い続けてくれる三鷹に、何かを返したかった。
片思いの辛さも、苦しさも
僕は、知っている。
絆されたのかもしれない。
???それは否定できない。
ただ
僕をそばで支えて、想い続けて???。
いつの間にか、少しずつ僕の心に入り込んでいたらしい三鷹。
僕の気付かないうちに植えられていた、種。
???三鷹への想い。
それは、三鷹から示された激しく熱い、真っ直ぐな想いを受けて
ほんの少し、芽を出した。
僕の心は、玲司がまだ残っているから
????まだ、渡せない。
だから、今は
「よし、」
三鷹の首元に結ばれた、
僕の???ネクタイ。
呆然と口を開けて、自分に巻かれた臙脂色のネクタイを見つめる
間抜けな表情の三鷹と
歪になってしまったネクタイ。
その両者を見比べて
ぶはっと、思わず噴き出してしまった。
「ふ、っあはは!ごめ、人の結ぶって、意外と難しくて…!」
笑いながら謝罪し、さすがに結び直そうとした。
その両手を、優しく 捕われる。
笑いを止めた僕に、三鷹が視線を合わせる。
真っ直ぐな視線を。
「先輩、
春人先輩、
???????っ、好きです。
中等部の頃から
ずっと、ずっと???好きでした。」
「…うん。」
さっき逃げたときとは違い、穏やかな声が
僕から流れる。
「今は、先輩の心にあの人がいるのは、???知ってます。」
やはり、この後輩には知られていた。
ずっと僕を見ていた三鷹には、知られていたのだ。
「だから、今は答えてくれなくていいです。」
けど、と
三鷹が掴んだ僕の両手に
唇を???寄せた。
「…っ」
驚いて震えた僕の手を
三鷹はしっかりと握り、離さない。
「必ず、先輩を探します。
世界中でも探して、また????告白します。
だから、そのときは
心からあの人??榊先輩を追っ払って
俺だけを見て????答えて下さい。」
手に口づけられながら、そう請われた僕は
知らず
涙をこぼした。
「…っふ、…うん。」
心から想われるとは、
こんなにも???嬉しいことなのか。
変な泣き笑いになっている自信がある。
だって、三鷹が手を離してくれないのだ。
涙を拭えない。
しょうがないから、
「せんぱ、」
三鷹の胸に、顔を寄せた。
ごめん、今だけ、お願い。
泣いた顔を、誰かに見せた事なんてないから
恥ずかしくてしょうがないのだ。
いつだって、完璧な藤峰春人で在りたかった。
玲司の横に立つに相応しい、完璧で隙のない??藤峰春人。
だが、この後輩の前では
情けない姿を晒してばかりだった。
倒れたり、失恋に苦しんだり
泣いたり???。
僕の手を握っていた手の片方が
離れ
背中に、温もりを感じる。
優しく、ぽんぽんと
背中を叩く???三鷹の手。
「ネクタイ、??餞別…ですか?」
その問い掛けに
うん、と頷く。
泣き顔を見られた恥ずかしさから、茶化した言葉が溢れる。
「僕からのプレゼントとか…プレミアものだね。」
だが、そんなごまかしも
三鷹にかかれば意味は無くなる。
「一生、大事にします。」
本当に嬉しそうな顔で言う三鷹に
僕の言動が、幼稚過ぎやしないかと心配になる。
涙が自然に止まるまで
長い間
抱きしめられていた。
桜が舞い散り、春の日差しが届く中庭に
穏やかな、心地良い風が流れていた。
その穏やかな時間も、
終わりを告げる。
「そろそろ、時間だから…。」
名残惜しい体温を振り切り、身体を離す。
僕を抱きしめていた両手を見つめ、三鷹が顔を上げる。
「先輩、さっき言ったの…本気ですから。
絶対に先輩を???見つけます。」
力強く言われた三鷹の言葉に、僕も頷く。
「それまでに、僕は…三鷹にしっかり向き合える人間に、なっているよ。
きっと、成長して????また、会おう。」
三鷹の目を見て言った僕の言葉は、三鷹に届いただろうか。
三鷹を残し
僕は中庭を、後にした。
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