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明るい中庭から、薄暗い校舎内に入った僕に
「なんだ。ハル、もう人間に戻ったのか???。」
声が掛けられた。
薄暗さに目が慣れず、視界は当てにならないが
聞き違えるはずのない声。
???ながく想い続けた人の声。
「…???玲司。」
中庭と校舎の境に立つ僕に、近づく影は???1つ。
???あのコは、いない。
慣れて来た目に映るのは、
漆黒の髪と
意思の強そうな眉
ややつり上がり気味の切れ長の目
高く形の良い鼻
常に不機嫌そうな口許に
今は意地悪そうな笑みを浮かべている。
全てのパーツを、完璧な位置に当てはめたかのような顔立ち
長い手足
高い身長
能力だけでなく、容姿も神に愛されていると言わんばかりの男に
すれ違う者はみな、視線を奪われる。
容姿と能力が優れている分、性格に難あり
と僕は思っているが。
いや、それよりも気になる事が。
「なに?人間に戻ったって…。」
元々人間だけど、と訝しむ僕の顔に
にやにやとしながら、玲司はスマホの画面を近づける。
そこには
陸斗からのメールが表示されていた。
『中庭に桜の妖精はっけーん!』
件名にそう書かれたメールには、画像が添付されている。
指でスクロールすると
そこに写っていたのは、
「…??!」
中庭で咲き誇る桜の木
その下で
舞い散る花びらの中
桜を見上げる???僕。
光の加減で
僕の顔や髪、手と花びらの
色と輪郭が曖昧になり
なるほど、
確かに僕の姿が桜に融け込んでいる。
いつの間に撮ったのだろう…???。
呆気にとられる僕に
玲司が得意げに笑う。
「よく撮れてるよな。本当に、桜の妖精かと思った。」
だから、捕まえに来た???。
と繋げられた言葉に
どきり、と心臓が鳴った。
「???え…?」
玲司の前から黙っていなくなる事に
気付かれたのか???
そう思って内心焦る僕に
玲司は笑って言う。
「初等部の頃を思い出したんだよ。」
あのコと付き合いだして
柔らかく笑うようになった玲司は続ける。
「俺と初めて会ったときのこと、覚えてるか?」
「…玲司と、」
よく、覚えている。
???忘れるはずが無い。
あのとき、僕は???恋に落ちたのだから。
あれは、初等部の入学式の日だった。
学校に着いて早々、係の教師に
両親と引き離された僕は、1人で入学式の会場へと歩いていた。
その頃には既に、自分の立場を理解していた。
他の子供達も、親に何か言われていたのかもしれない。
僕はいつもどこか、遠慮されていた。
周りは友達とはしゃぐ子達ばかりで???。
親しい仲の友達がいない僕は、不安でいっぱいだった。
慣れない場所に
慣れない制服
ぽっかりと空いた自分の周囲
唐突に、逃げ出したくなった。
だから
1人、会場へと向かう流れから外れて
運動場の隅に走った。
知らない場所で、遠くまで行くのは
怖かったから
生徒の流れが見える場所。
そこに
大きな桜の木があった。
小さな身体の僕が、手を拡げても
3、4人は必要なくらい大きな幹。
上を見上げれば、空が見えないくらい
薄ピンクの花で覆われていた。
はらはらと散る花びらは幻想的で???。
あまりの光景に
先ほどまでの不安や悲しさを忘れて
ぼんやりと、みとれていた。
そのとき、
『おいっ!』
声をかけられた。
びっくりして振り返ると
走って来たのか、頬を紅潮させた???男の子。
黒い髪に、薄紅色に頬を染めた白い顔。
どこか和を連想させる男の子に
???きれい、
と思った事を覚えている。
その子の胸元を見ると、僕と同じ
新入生の花をつけている。
あ、同い年だ???。
となぜか嬉しく思い、内心はしゃぐ僕の両手を
がしっと掴まれる。
『?』
首を傾げる僕に、その男の子は
『おれ、さかきれいじ!…おまえは?』
ずいっと顔を寄せて勢い良く名乗って来た。
あまりの勢いに
ぱちくりと、1つ瞬いてから答えた。
『…ぼくは、ふじみね、はるひとだよ…。』
名前を聞かれて、答える。
ただそれだけの事が新鮮で???嬉しかった。
『はるひと…きせつの春に人?』
漢字を聞かれて、
うん、と答えた。
すると、
『っやっぱり!!』
と言って、男の子は???玲司は嬉しそうに笑った。
その笑顔はとても眩しくて、僕まで笑ってしまった。
でも、やっぱり…???
そう思って首を傾げる僕を気にせず
玲司は、僕の腕を引っ張る。
『おれといっしょにいこう!!』
歩きながら振り返り、そう笑った玲司。
とくん、と
胸が高鳴ったのが分かった。
『……っうん!』
力強い腕に引かれ
僕は満面の笑みで答えた。
桜が舞う中
僕の手を引く玲司が、ヒーローに見えた。
そんな、僕らの???出会い。
懐かしい思い出に、つい笑みが浮かぶ。
「あの時も、今日みたいに桜が咲いてたね。」
そう言う僕に、玲司は頷く。
そして
笑うなよ、と前置きをして僕に言う。少し、頬を赤くして???。
「俺はあのとき、ハルが???桜の妖精かなんかだと思ってたんだよ。」
「???え、?」
「…入学式の会場に向かってる時にな、でけぇ桜の木があるのに気付いて。
その下に、」
玲司が
僕を、あまりに優しげな顔で見るから
心臓が止まりそうになった。
「消えそうなやつを見つけた。」
????消えたいと、逃げたいと思ってたから。
「走って見に行けば、人形みたいな顔した綺麗なやつがいてさ。
なんか儚くて、このまま桜の花びらに、融けちまうんじゃねーかと思って。
もしかして、こいつ桜の妖精か?って思って
声かけたんだ。???消える前に、捕まえよう…ってな。」
???だから、両手を掴まれたのか。
「しかも、名前聞いたら『春人』って言うし。
やっぱり桜の妖精だ…って思ったわ。」
???『やっぱり』ってそういうこと…。
「俺ことあるごとに、お前の腕掴んで歩いてたろ?」
うん、と頷く。
その力強さが好きだった。
僕をいつも引っ張ってくれて、色んな景色を見せてくれた。
いつしか、それは無くなって
代わりに???並んで歩くようになった。
玲司と同じ景色を、見るようになった。
「あれも、ハルが消えねーようにって思ってたから。
…まぁ、さすがに夏くらいにはハルが妖精じゃねぇって、気付いたけどな。
陸斗のメール見て、また消えそうになってやがると思ってな。
???捕まえに、来た。」
スマホを振り
そう言って笑う玲司に
嬉しさと、切なさがこみ上げる。
???好きだ
こみ上げる衝動のまま、
伝えたかった。
けれど、
「…あの頃、僕は玲司に????本当に、救われたんだ。
だから、…ありがとう。」
困らせたいわけでは無いから、
せめて、心からの感謝を??。
できることなら、ずっと同じ景色を
???見ていたかった。
「…ふは。お前が素直だと、調子が狂うだろ。
何か、あったのか…???って、ああ?」
失礼な事を言う玲司が、何かに気付く。
首を傾げた僕の頬に
玲司の手が、伸びた。
「ちょ、」
焦る僕を無視する玲司。
こいつは、付き合いの長い僕には割とスキンシップが多い。
???だからあのコに嫉妬されるのだと、気付け!!
僕の顔を両手で包んで、目を覗き込んだ玲司は
不機嫌そうな声を出す。
「ハル、…お前泣いたのか?…ってそういや、ネクタイどうした?」
その言葉に、ハッとする。
そういえば
今の僕は多分、泣いて目が赤くなっている…かもしれない。
しかも、ネクタイは無く
第一ボタンは外したまま…。
不機嫌さを増す玲司が考えていることが、手に取るように分かった。
「いや、違うから。玲司、」
???襲われてなんていません!
「ああ?なら、なんで泣いたんだよ?」
ガラ悪く、尋ねる玲司に
言葉を詰まらせる。
泣いた、泣いたって連呼しないでくれるかな!?
「あー、えっと…感動…して?」
???そう、三鷹の強い想いに、感動したから。
「俺に聞くな。…じゃあネクタイは?」
いまだ、疑惑の目を向ける玲司は
追求を続ける。
「いや、ネクタイは??…あげた。」
「あげたぁ!?」
誰に!?と声を荒げる玲司に
ふと、僕は中庭を振り返った。
遠くに見えるは、先ほどまで見ていた桜と
此方に背を向けて
桜を見上げる????三鷹。
僕の視線を追って
玲司が唸る。
「…???三鷹か。」
よく分かるな、と感心する。
眉をしかめ、自分の口許を親指でなぞる玲司に
首を傾げる。
そういえば、三鷹の話をするときに
この仕草をよく見る気がする。
「玲司、それ???癖?」
疑問をぶつけた僕に、玲司は苦い顔をする。
小さく
もう時効か、と呟いた玲司の口から
驚きの情報が流れる。
「お前が倒れた日、
病院から戻って来た三鷹に
????殴られたんだよ。
……食堂で。」
「???っ!?」
驚きで、目を見開く僕に
玲司は続ける。
「たくさんの生徒が見てる前で
『目ぇ覚ませ!このバ会長っ!!』ってな…。
いや…普段大人しいやつがキレると、何するか分かんねーもんだな。」
感慨深げに呟いて、三鷹を見遣る。
「あれで、ホントに???目が覚めた。」
そして、真剣な目で僕を見つめる。
「あの時は、ハル…???本当に、すまなかった。」
後悔を滲ませた声に、僕はあの頃の苦しさを思い出す。
「俺が捕まえてなきゃ、俺が守ってやらなきゃ???って、思ってたハルを
俺が苦しませてた…。悔やんでも、悔やみきれねぇ…。」
玲司の拳が、ギュッと握られる。
「だから、あいつに???三鷹に
『溜まった書類が片付くまで、春人先輩には会わせない』って言われても
それに従った。???お前に合わせる顔も、無かった。」
だから、僕が目覚めた後も
しばらく会いに来なかったのか。
初めて聞かされる事実に、言葉が出ない。
しかし、ふと気付く。
「で、も…三鷹は謹慎処分とか…。」
大衆の前で、理由はどうあれ暴力を振るった。
風紀による処罰があったはず。
謹慎、停学…???。
だが、三鷹は毎日僕に会いに来てくれた。
納得のいかない僕に、玲司は一つ息をついた。
「…俺の、けじめだ。
誰も、何も…見てない。そう、決めた。
それにその場に居合わせた生徒達も、きっと三鷹と同じ気持ちだった。」
三鷹は、処分を受けても良いと言ったが…と、玲司は呟く。
つまりは、情報操作をした??ということか。
三鷹に賛同する者が多かったから、できた。
運良く、風紀の幹部がいなかったのだろう。
僕を想った、三鷹の行動???。
未だ桜の傍に居る三鷹を見つめる。
そんな僕を見つめ、玲司は
「ハル、お前と三鷹には???感謝してる。」
真摯に言葉を重ねた。
「お前達がいてくれたから、俺は一度は逸れた道を…正す事ができた。
…???ありがとな。」
その言葉に
胸が温かくなる。
僕の役目は
玲司を支えることだった。
どうやら僕は
その役目を????全うできたようだ。
もう
???悔いは 無い。
僕こそ、
???ありがとう 玲司。
???ありがとう 三鷹。
「…???っ」
涙をこらえる。
玲司の前では、最後まで
完璧なハルで在りたい。
だから、笑おう。
「っ…ふふ。???玲司こそ、槍でも降らせる気?」
いたずらっぽく笑う僕に、一瞬虚を突かれたような玲司だったが
つられて笑う。
ポケットのスマホが???震えた。
玲司に断って見ると、澤田さんからのメール。
謝罪の言葉と
『そろそろ、お時間です。』
の文字。
「澤田さんか?」
玲司が聞いてくる。
「…うん。」
笑顔で答える。
「それなら、『俺と一緒に行こう』。」
俺の家の車も待ってる、と言う玲司。
気付いてる?
それ、初めて会った時と同じ台詞??。
おかしくなって笑う僕と、それを訝しみながら隣を歩く玲司。
2人で肩を並べて
いつもより少しゆっくり歩く
最後の 廊下???。
全部、目に 耳に刻み付ける。
並んで歩く風景、音???全部。
車に着くまでの校舎
僕らに手を振る生徒達
彼らの歓声
それに応える玲司の声
校舎から出て見える桜
花びらを運ぶ風
ああ、???卒業するんだ…。
車が見えてきた。
別れが 近づく。
「春休み、忙しいんだって?家の仕事か?」
海斗達に聞いたのだろう。
玲司が言う。
「…うん、そう。」
苦笑いして、答える。
嘘は???苦しい。
「あんまり、無理すんなよ。」
そう言って、頭をぐしゃぐしゃにされる。
「ちょっと…!」
「ああ、そうだ。写真撮ろーぜ!」
抵抗する僕を無視して、玲司が提案してくる。
その言葉に、近くに居た澤田さんが
名乗りをあげる。
「私に、お任せください。」
「よろしくお願いします。」
スマホを澤田さんに渡した玲司が
僕の肩に手を回す。
「撮りますよ。」
やけに畏まってスマホを構える澤田さんがおかしくて
僕たちは、自然に笑ってしまった。
2枚程撮ってもらい
スマホを返された玲司は
「すぐに送ってやるよ。」
と言ってくれた。
ありがとう、と頷く僕に
玲司は軽く、別れを告げる。
「それじゃ、またな。」
「うん。???またね。」
玲司を乗せた車は、静かに走り出し
あっという間に???見えなくなった。
「春人様、我々も???…春人様?」
最後まで
???我慢した 涙。
それが、溢れる。
「…っふ、う…っ」
息も苦しくなる程
次々に溢れる涙に、為す術も無い。
そこに、真っ白なハンカチがあてられる。
「また、お会いするのでしょう?」
澤田さん…??。
その優しく温かな笑顔に、強く 何度も 頷いた。
「ごめ、…??ありがとう。」
僕の言葉に、澤田さんは笑って首を振る。
そして
僕の背中に手をあてて、優しく乗車を促した。
車の中から、3年間を過ごした校舎が見えた。
楽しさだけじゃない
苦しさも
悲しさも
いっぱい詰まった3年間だった。
でも、????良い、3年間だった。
走り出す車の中、
見えなくなるまで
僕は校舎を見つめていた。
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