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エピローグ→ユキの場合(終)
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ジョージさんは僕たちをお城のような大きな建物の中へ連れて行った。
「本当はお前の記憶を戻してからのがいいと思うんじゃがのー、わし、記憶を保管しとる場所知らんもんで」
「はあ…」
相変わらずファンタジーみたいな話だ。記憶は出したり入れたりできるものじゃないのに。
「元魔王の息子なら、場所知らんかの?」
「さあ。お父さんはユキのこと嫌ってるみたいだから、もう壊されているかもな」
「…記憶が壊されたら、どうなるの?」
「………」
兄は僕から目を逸らした。
「知りません」
「ねー、さっきからなんで敬語なの?なんでーー?」
「ほれ、着いたぞ」
ジョージさんが指さしたのは、『まおう』という札が貼ってある部屋だ。
「…魔王って」
「悪魔の世界で一番偉いやつじゃ。まあ所詮は043号だもんで、恐るるに足らずじゃよ」
「僕の保護者が魔王なの?043号ってどんな人?」
「人じゃなくて悪魔じゃ。まあ一言で言えば…ショタコンじゃの」
「ショタコンの悪魔が僕の保護者………」
「とにかく会えばわかるじゃろ」
一歩前へ進み、扉に手をかける。
「ユキ…」
兄の不安そうな声を振り切るように扉を開けた。
『今日はカレーを作るから、にんじんと玉ねぎとじゃがいもとカレールーを買ってきてね。寄り道しないで帰ってくるのよ?』
『うん!わかったママー!』
テレビがついている。小さな子どもがおつかいに行くバラエティーが流れている。
そしてそれをこたつに入って一心不乱に眺めている男がいた。
「おーい、043号!」
「はあー?なんですか、上司さん。邪魔しないで下さい」
「おい!それが久しぶりに会うわしへの反応か!」
ジョージさんは憤慨して地団駄を踏んでいるが、男は全く意に介さずテレビを見続けている。
「忙しいので後にしてもらっていいですか」
「せっかく魔王引退祝いにユキを連れてきてやったのに」
「ユ…え?ユキくん?」
男はようやくテレビから目を離しこちらを向いた。
目が合った瞬間、青く光る玉が次々と僕の頭に飛び込んできた。
「うっ…?!な、なにこれ…」
「ユキ!」
「ユキくん?!」
眩しくて頭が痛くて、思わずその場に尻もちをついた。
光はお構いなしに僕の方へ向かってきて、そのうち昔の記憶が蘇ってきた。
「ああ、うあああ…」
「ユキ、しっかりしろ」
マオくんが僕の体を支えている。
マオくん……そうだ。兄じゃない。マオくんは僕の……友達だ。
「記憶が戻ってきとるじゃないか?ほら、愛の力ってやつじゃの〜」
どうでもよさそうにテキトーなことを言っているのは上司さんだ。僕を悪魔の世界へ連れてきてくれた悪魔。人狼ゲームができなくて、そして……いや、そもそもそれくらいしか知らないな。
「ユキくん、俺のことがわかりますか?」
「……あくまさん」
あくまさんの心配そうな声が聞こえる。
どうして今まで忘れていたんだろう。僕の人生の中で一番大切な存在だったのに。
全部思い出すと同時に光の玉はふっと消え、正常な視界に戻った。僕の目の前にはあくまさんがいて、嬉しそうに手を握っていた。
「ユキくん!また会えて幸せです。魔王の後継者が見つかったらすぐに辞めてユキくんに会いに行く予定だったんですが…まさかユキくんの方から来てくれて、記憶も戻るなんて」
「ま、待って!」
僕はとっさに立ち上がり、上司さんの後ろに隠れた。
「おい!よくわからんが、わしを盾にするな!」
「どうしたんですか?ユキくん」
「見られたくない…」
「え?」
「僕、もう25歳なんだ。どこからどう見ても大人になっちゃった。こんな姿、あくまさんに見られたくない」
あくまさんは小学生以下が守備範囲のショタコンだった。大人の男なんて完全に対象外。がっかりされるのは嫌だ。
「ユキくん、記憶全部は戻ってないんですか?」
「戻ってるけど…」
「俺、ユキくんだったら成長しても大丈夫って言いましたよね?」
「………」
『すみません!にんじんと、たまねぎと、えーっと…あの、えっとぉ…』
テレビからは変わらず、7歳児が頑張って買い物をこなそうとする映像が流れている。
「いや、これは!単なる趣味嗜好の問題なんです!俺は純粋な気持ちでテレビを見ていたんです!」
「あはは!変わんないね、あくまさん」
必死に弁解するあくまさんが面白くて、僕は隠れるのをやめた。
「本当によかったです。こんなに大きくなって…」
「本当に?子どもらしさなんて全くなくなったのに、がっかりしてないの?」
「ユキくんが健康に成長してくれて嬉しいです」
「…ありがとう」
「ユキくんのお願い、やっと叶えられますよ」
「え?」
「魔王は引退したから、もう好きに過ごせるんです。ユキくんが死ぬまでずっとそばにいられます」
「………」
あくまさんは律儀だ。何年も前にしたお願いを覚えていて、叶えようとしてくれてる。
僕はこんなに変わってしまったのに。
「ユキ」
マオくんに腕を引っ張られた。よろけて顔を見ると、涙が今にも溢れ落ちそうになっていた。
「わかってますよね?あいつについて行くなら、俺と一緒に死んでもらいます」
「ん?そういやどちらさま?」
あくまさんはのんきにマオくんに話しかけた。
「あくまさん、この子はマオくんだよ。前の魔王さんの子どもで、僕の兄…いや、友達」
「ああ…どうしてただの友達がそんなに気合の入った発言してるんですか?」
「それは……」
僕のせいだ。僕があっさりマオくんを捨ててしまったから、トラウマになっているんだろう。
「一緒に死ぬなんて不健全ですよ」
「うるさい。ショタコンのほうが不健全だろ」
マオくんはあくまさんを睨みつけている。
「ユキ、これ、あれじゃろ。あの台詞の出番じゃろ」
ピリピリした空気の中を、上司さんののんきな声が響く。
「あの台詞って?」
「やめて!わたしのために争わないで!…ってやつじゃ」
「僕としては、もっと争ってほしいけどな」
「うん?」
上司さんにだけ聞こえる声で呟く。
「頑張って得た物の方が、大事にしたくなるでしょ?」
「ほ…?なんじゃそれ?」
「上司さんにはわかんないよ。何もできないのに自信満々で、誰かに依存しなくても生きていけそうだもん」
「腹黒そうじゃと思っとったけど、それがお前の本音か?」
「………」
「お前だって誰かに依存しなくても生きていけるぞ。ひとまずわしと一緒にハローワークで仕事を見つけるんじゃ」
上司さんはマオくんの手を引っ張り、僕から引き離した。
「さあ、どうするんじゃ?043号、マオ、わし。誰を選ぶ?」
「なんで上司さんが入ってるんですか」
あくまさんは呆れた声でツッコミを入れる。
…ここが岐路なんだろうか。この先僕がどうやって生きていくのか。
頼めば何でもしてくれるし、ちょっと変態くさいけど、孤独だった僕に愛情をくれたあくまさん。
散々利用して裏切って傷つけてしまったのに、僕にとことん尽くそうとしてくれるマオくん。
そして1番真っ当で前向きなことを言っている風の上司さん。
「……あくまさん」
僕は意を決して呼びかけた。
「なんですか、ユキくん」
「あくまさんとは、今日でお別れしようと思う」
「どうしてですか?約束したのに」
あくまさんは目を見開いた。
「僕、もう子どもじゃないから」
「何回言ったらわかるんですか?俺はユキくんがショタじゃなくなっても大好きです」
「ううん、そうじゃない。子どもじゃないから、あくまさんがいなくても大丈夫ってことだよ。あくまさんは僕との約束に縛られる必要なんてないんだよ」
「縛られてなんて…」
「マオくん」
あくまさんの言葉を遮り、マオくんの名前を呼んだ。
「マオくんは、自分の居場所が僕の隣しかないって言ってたけど、そんなことないよ」
「………」
マオくんは淀んだ目で僕を見つめている。
「俺はユキがいないと生きられません」
「僕がそう思わせるように仕向けただけだよ。マオくんに隣にいてもらうために」
「俺はユキが必要、ユキも俺が必要、それならそのまま一緒にいればいいじゃないですか」
「僕じゃマオくんを幸せにはできない」
「しあ…わせ?」
「マオくんのことは好きだけど、僕は結局、マオくんを利用してただけだから」
「それ、それでもいいです。2番目でもいいし、金ヅルでもいいから…」
「マオくんは僕の友達だよ」
「………」
呆然としているマオくんから目を逸らし、上司さんを見た。
「上司さん」
「うむ」
「上司さんとハローワークに行ってたら見つかる仕事も見つからない気がするから、お断りします」
「んな?!辛辣じゃ!わしにだけやけに辛辣じゃあ!」
上司さんはわあわあ騒いでいる。
なんだか、上司さんを見てると元気が出てくるなぁ。
「ユキくん、全員断るんですか?これじゃあユキくんが1人になっちゃいます」
あくまさんが心配そうに声をかけた。
「大丈夫だよ。マオくんのこと捨てたら、殺されちゃうんだよね?」
僕は両手を広げ、マオくんに微笑んだ。
「殺していいよ」
「………っ」
マオくんの頬を涙が伝う。
「無理です…」
「じゃああくまさん、契約料、今から払うよ」
「え?」
両手を広げたまま、今度はあくまさんの方を向いた。
「願いを叶えるかわりに、僕の寿命をもらうんでしょ?いっぱい叶えてもらったから、そろそろ払うよ」
「ユキくん、死にたいんですか?」
あくまさんはついにテレビを消し、僕を真剣な顔で見つめている。
「死にたいわけじゃないけど…あくまさんかマオくん、どっちか選ぶなんてできないもん。それならもうここで終わりにしてもいいかなって」
「だめです、そんなの。せっかく今日まで生きてこられたのに」
あくまさんは少し怒った様子でそう言った。
「…俺も、ユキには死んでほしくない。地獄で一緒になるよりも、ユキが生きている方がいいです」
マオくんもぼそぼそと話している。
よし、これで収まるだろうか。
「うん!わかった!僕、死なない!」
「え?」
2人は同時に声を上げて僕を見た。
「その代わり、3人で一緒に暮らそうよ。片方が昼働いて、もう片方が夜働いて、家にいる間はずっと僕といちゃいちゃするって感じでどう?」
「いや…いやいやいや」
「あっ、それだと僕が休みなしになっちゃうね。2人が交代する辺りの時間で睡眠をとろうかな」
「お前…何言っとるんじゃ…」
上司さんが呆れた様子で呟く。
「ナイスアイデアじゃない?2人が直接会うことはないから三角関係にはならないし、僕は2人から養われて悠々自適な生活が送れる」
「何が悠々自適じゃ!働け!」
「俺はいいですよ。ユキくんが幸せなら」
あくまさんはうんうんと頷いた。
「マオくんは?」
「…無理があると思います」
「そうじゃろう!そうじゃろう!」
「そのタイムスケジュールはユキに負担がかかりすぎです。同居はせずに、ユキが1週間おきとかに2人の家を行き来するのがいいと思います」
「な…なんじゃと…」
上司さんはぽかんと口を開けた。
「それならそもそも俺が人間界に行く必要がない。ユキくんに好きな時に悪魔の世界に来てもらえば…」
「時間の流れが違うからそれはズルい」
「いや、でも悪魔の世界にいたほうがお金も稼げるし…」
あくまさんとマオくんは議論に熱中しだした。
外からぼーっと眺めていると、上司さんが袖をちょんちょん引っ張った。
「おい、本当にこれでいくんか?堂々と浮気するなんて、この先泥沼に突入すること間違いなしじゃぞ」
「泥沼、いいじゃん。ライバルがいた方がより大事にされやすいし、何より儲けが2倍だよ」
「お前……悪魔より悪魔的じゃな…」
上司さんは引いた様子で呟いた。
おわり
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