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木田、大失態 -2-
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マネージャー2人に見守られる卓では、木田に前島、室井にジュンと、完全なる身内席が出来ていた。
「あらっ、こーちゃんさん!わざわざ来てくれたのぉ?俺うーれしい」
前島が近付いてきたのを見るなりジュンは抱きついてきて自分の隣へと促し、流されるまま前島はその隣に落ち着いてしまったのだ。しかも、ジュンは腕に抱きついたままである。
「あのー、チェンジむり?」
「んーダメなの、俺しかいないなの」
「室井さん、アンタ自分の弟がこれでいいの!?」
目の前で弟のふしだらな行為を見ていても平静を保っていられる室井に、前島はとうとうシビレを切らした。完全なる八つ当たりである。
「そうだなぁ、俺はジュンにみんながみんな男好きじゃないんだよってことは何度か注意したけど、ジュンの癖は全然治らないんだ」
「だからどうしてこんなになるまで放っておいた!?」
「うっせ黙れ下戸」
「テメェが言うか木田ァっ!?」
「やん、もうみんな俺のために争うのはやめて、ヨヨヨ……」
「てめぇのためでもねぇしドサクサにまぎれて更に寄ってくんな!」
「こんなになるまでずっと会えなかったんだ」
次のツッコミのためにもう口を開きかけていた前島がピタッと止まった。
「んー、家出しとったからね俺、ずっと。法律的にも死亡扱いだったって聞くからびっくらこいちゃって」
「健嗣……」
「いいよギダユー、こーちゃんは友達だから」
「え……本当の話なんですか?」
「お恥ずかしながらそうなのよ」
卓がしんみりとした静寂に包まれる。室井は持っていたグラスを飲み干すと、少し微笑んだ。
「ジュンのことを見つけてくれたのはトモさんなんだ。
トモさんがスカウトしてくれなければ、ジュンとは一生会えなかったかもしれない。
だから俺はトモさんにすごく感謝しているよ」
「ん~~~俺も久々に健嗣にぃと会えて嬉しかった~、俺はその前からテレビで見とったけどねん」
「気付いたなら早く声をかけてくれれば良かっただろ」
「えーだって恥ずかしかったしーこんなホモになっちゃって。もし健嗣にぃ見てぼっ……」
「あーはい久々に会ったらこうなってたわけですね!?」
すんでのところで前島が制した。
「そりゃあ角北さんも引きがすごいっすね……ただ、それにしても角北さん、随分室井さんと近くありませんでした?」
室井が前島の発言の意図を汲みかねたように首を傾げた。
「いや、室井さんにも木田って相手がいますし、角北さんもゲイらしいし、俺から見ててもちょっと心配になったというか……」
「てめーが心配することじゃねーよハゲ」
言葉をさえぎる木田は、既に酔いで顔が赤らみ始めている。
「禿げてねぇだろ!つーかそうだよてめぇはアレで良かったのか!見てたかどうか知らねぇけど!」
「ん……なにを?」
「やっぱりか!」
「だーから、何だっていいんだよ。だって、負ける気しねぇし」
大げさに胸を張る木田に、室井が「そうだね」と真顔で頷いた。
「タマちゃんもこーちゃんと似たようなことを言ってたけど、俺は大丈夫だよ。トモさんから誘いを受けても俺ははっきり断れる」
「んふふ、トモさんったら仕掛ける前にふられちゃった」
「あー俺……他もちょっと行ってきます」
付き合いきれんわと、前島はほとんど口を付けなかった酒を持って再び席を立った。
「俺同伴いーい?」
「いやだ!!」
ジュンのことは木田と室井の側に置いていった。
それから宴の終わりごろまで、前島はその場にいるライブスタッフや事務所の人間などの中に混じって飲んでいた。
自分の所属する事務所スタッフとしばらく飲んでいたら、シタタリがちょうど固まって席を作っているところに行こうと誘われたので、少し気が引けつつもそれについていく。
一番大きなテーブルにソファを付け足した席、その中心にいるのは香月、それにサポートミュージシャンの人たちとマネージャーらしきスタッフで、外村の姿は無い。
「あれ?さっきの、えーと……」
香月がこちらに気付いて声をかけようとしてくれたが、どうも前島のことをまだ覚えていないようだ。
「pmpの前島です。すいません、こんなところまでお邪魔して」
「そうそう!ごめんね、良かったら座って?」
香月に促されても、端っこの方に詰めればギリギリ空くくらいのスペースしかない。先客に詰めてもらい、前島は頭を下げながらそこに腰掛けた。
前島の隣は、確かサポートドラムの人だ。
「ども、隣失礼します」
「どうも、ドラムの黒宮です」
物腰穏やかな口調でペコリとお辞儀されて、前島も改めてお辞儀をし返す。
2人で香月の方を見たが、香月の中心で話題は盛り上がっているし、端の方は声をかけようにもかけづらい雰囲気だった。
「もの凄いですね……香月さんの、求心力」
「ね。俺なんかもう全然近づけないや」
そう言って黒宮は笑うが、特にそれを気にしては見えない。この人は香月の信奉者というわけではなさそうで、前島は安心した。
「ところで今日、外村さんは?」
「あぁ、ケイちゃんは来てないよ。ライブの手応えがいいほど、その後すぐ帰るんだよね」
「へーぇ」
変わったこだわりもあるもんだと前島は頷く。
少しの間、香月周りの話を盗み聞きしたり、端の数人で歓談していたら、香月が席を立った。
香月の行く先、それは先ほど前島が座っていた件のテーブルである。
今はジュンの代わりに角北とキヨタカが座っていたが、木田と室井は相変わらずそこにいた。あそこから2人は動いてないのだろうか?
「あの奥だれ?」
「1人は室井健嗣でしょ?今日来てたんだ」
「もう1人知らない」
「うちの事務所のやつだよ」
主役のいなくなったテーブルではヒソヒソと木田たちについて話され、前島が肩身の狭い思いをした。
一方香月の方は、角北に軽い挨拶を済ませると木田のことを見ていた。木田も室井も泥酔して、意識も朦朧という感じであった。
前島の席から香月の表情は見えなかったが、角北はそれが獲物を見つけた雌豹の瞳と同じであることをしっかりと確認して、ヤレヤレと首を振った。
香月は木田と室井の間に、当然のように割り込んで座った。押し退かされた室井は寝苦しそうに唸ったが、またうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
前島はそれを見て絶句した。どうも角北とのやり取りから怪しいとは思っていたが、まさかあの人まで。しかも、うちの木田を。
「さっきはちゃんと挨拶できなくてごめんね?木田くん」
「ん……?」
寝起きのような声をあげた木田が、ボンヤリした目を香月に向ける。
「あはは、酔ってる」
「んー……」
角北はその様子を面白そうに眺め、隣のキヨタカは訝しげに見つめていた。
櫻井も玉谷も別の場所に移動していたが、各々の場所からその様子を注意深く窺っていた。どこの席でも、香月の様子をチラチラと盗み見る人が出てきている。
「ねぇ、今日のライブ楽しんでもらえたかな」
上目づかいに見上げてくる香月を、木田はボンヤリと眺めている。香月は木田に鎖骨が見えるように首の角度を変えながら、更に顔を近づけていく。
「そんなに酔ってると、帰るのつらいんじゃない?ねぇ、これ終わったら俺のマネージャーに言って、俺の部屋まで乗せてってもらわない?」
木田の目が少し開いたのを香月は見逃さなかった。やっぱこの顔、好みだなと考え、香月はほくそ笑む。
「あぁ、俺の部屋って言っても今日泊まってるホテルのことだから。そんな緊張しなくたっていいし……」
香月は途中で言葉を止めた。木田の目が逸れている。自分を通り越して、その奥へと視線が。
香月は後ろをチラリと見た。先ほど押し退けた男が、今にもテーブルに付きそうな勢いで頭をグラグラとさせている。
自分にこれほどの距離にまで迫らせておいて、こんな飲んだくれの方に視線を取られているなんて。
この男、楽屋に挨拶に来たときだって自分にあまり興味のなさそうな素振りでいたし。
香月は腕を伸ばし、木田の顔をこちらに向けさせようとした。
「ねぇちょっと……」
「どけブス」
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