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今日はTRICKでピアノを演奏することになっている。
お客様からリクエストを頂いて、ショパンを弾くことになった。
ラ・カンパネラや革命のエチュード、幻想即興曲など好きな曲を弾いていった。
今日も調子がいい。
弾く瞬間の緊張と興奮が入り混じったような
あの感覚がたまらなく好きだ。
この職業は天職だと思う。
こんなに自分も楽しめてお客様も楽しめる、こんな職業が他にあるだろうか。
と、思うくらいに。_________
「お疲れ様」
裏に入るとマスターから声がかかる。
「ありがとうございます。
マスター、ここにきて大丈夫なんですか?」
表を見ればちらちらと女性の団体客がこちらを覗いている。
「いや、あの方達はお酒を頼まないからね。私自身、暇なのは暇なんだよ。」
苦笑いで言うマスター。
ああ、、なるほど。
マスターと話したいわけだ。あの女性陣は。
マスターはバイトくんに「後は頼む」と声をかけ、裏に来たみたいだった。
そして、デスクに座り、パソコンで仕事をし始めた。
「今日も、お客様多いですね」
「本当だね。梓くんのおかげだよ。」
その言葉に自然と頬が緩む。
僕の演奏を聴きに来てくれる人が多いということは、素直に喜ばしいことだった。
「これ、飲む?」
上着を脱いで寛いでいると、マスターが聞いてきた。
「さっき暇だからいれてきたんだけど、少し残っちゃった、飲んで貰えるかな、料理とセットじゃなくてごめんね。」
そういって差し出されたのは、赤ワインだった。
「いいんですか?疲れてたんです。頂きます。」
久々に飲むお酒は美味しく感じた。
普段、お酒は飲まないようにしている。
飲むと隆平さんを思い出し、センチメンタルな気分になるからだ。
「美味しい、、美味しいですね。」
ゆっくりと時間をかけて飲む。
隆平さんに顔に似合わず酒豪だなんて言われた僕は
これ一杯なんかで酔うはずがない。
酔うはずもなかった。
頭が馬鹿になったのかもしれない。
酔ってないならなんだと言うの。
「よかった。」
そう言って
僕の頭をポンポンと撫で、
ふっと笑いながら目線を外したマスターの顔。
綺麗な横顔。
その刹那、ほんの1ミリ、何かが揺れるのを感じた。
お酒を飲んで気が狂ったのか。
今の今まで、尊敬する人という位置付けの人だと信じて疑わなかったのに、
何か心がチリチリと焼かれるような、でもすぐに冷たい水を被せられたような、
そんな感覚が今、撫でられた頭から全身に流れた。
きっと、隆平さんに会ってないからだ。
会ってない間、男性陣と食事に行ったりしたからだ。
勘違いだ、頭を撫でられてびっくりしただけだ。
「どうした?一杯で酔ったのか」
僕が深刻そうな顔をしていたのか
心配そうに聞いてきたマスターに
「いえ、何でもないです。」
そう言ってにっこり笑った。
こんな時、営業スマイルが役に立つ。
不安定にぐらぐらと揺れ始めた心が痛いくらいに叫んでいた。
こんな心情のまま、隆平さんへと送る
「抱いてください」
という明日になれば後悔するとしか思えないメール。
返事のない携帯が、
隆平さんが、
心を見透かしているように思えた。
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