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prologue
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それは、始まりの終わり
陽の光が柔らかく差し込んだ、ほの明るい部屋で虎次郎は目を覚ました。昨日おかしな寝方をしていたせいで首の骨が痛くて、バキバキと音を鳴らしながら布団から起き上がる。どこかで自分の携帯電話が優雅に着信音を奏でているのだが、それが見つからず乱雑に物が置かれた部屋を探し回った。
ようやく探し当てたそれは、まるで向こう側の怒りが伝わってくるかのようにしつこく鳴り続けていた。恐る恐るボタンを押して電話に出ると、耳を劈くような怒声が飛んでくる。
「いつまで寝ているんだお前は。だから昨日あれほど言ったのに!」
「ああ、悪い、アヤ。そんなに怒るな、また眉間にシワが増えるぞ」
「お前に言われたくない。どうせまだ何も準備していないんだろ?」
「おう、よく分かってるじゃねえか」
電話の主は綾人だった。虎次郎は昔からアヤと呼んでいて、本人はそれを女みたいで嫌だと言うのだが、虎次郎はそれを一向に止めようとはしなかった。綾人だって昔はコジロー、コジローと猫の鳴くような声で呼びながら虎次郎に引っ付いていたというのに、今は「お前」とか「おい」としか呼ばれていない。
「…そんなことだろうと思って僕はまだ家を出ていないから、準備が出来たらメールをしてくれ」
「あー…おう」
「聞いているのか?」
虎次郎は綾人が自分の名を呼ぶ声を気に入っていた。だからいつも、綾人の話を聞いていないふりをするのだった。
「おい、聞いているのか…虎次郎」
「ああ悪い。聞いてるよ、綾人」
「…分かっているのならすぐに返事をしてくれ」
「だから悪かったって」
「もういい、ちゃんとメールをするんだぞ。言ったからな、僕は」
「へいへい」
適当な返事をすると、プツリと電話は切れてしまう。その切れた電話の音の名残を感じながら、虎次郎はようやく伸びをして洗面所へ向かった。
小笠原 綾人。何とも字面だけでも綺麗な名前だ。自分たちの年代でこのような名前の男はかなり珍しい。名は体を表すとはよく言ったものだが、綾人は文字通り整っていて上品だ。初めて出会った時はまだ十も歳をとっていなかったが、綾人という名前はこの子のためにあるのだと、幼いながらにも虎次郎は確信めいた思いを持っていた。
対して上杉 虎次郎という名前は、如何にも強くて男らしい。この名前も虎次郎自身気に入っていたし、自分に合っていると思っていた。
綺麗な綾人は病院の跡取り息子で、所謂お坊ちゃまだ。これまた反して虎次郎は、極道の家に生まれた一人息子だった。お互い将来は家業を継ぐだろうが、どうしてこのように正反対の二人が出会ったのか。きっかけは突然で、運命的だった。そう思っているのは自分の方だけなのかもしれないと虎次郎は内心苦笑した。
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