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5.封印解除
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二人はやっとたどり着いた大樹の前で大きく息を吐いた。
それは一見何の変哲もない大樹ではあったが、そこから発せられる魔力は確かに何かを封じている気配を漂わせている。
「ここに…封じられているのですね」
シリィはゴクリと息を呑みながらも期待に胸を膨らませた。
ここに封じられた黒魔道士を上手く懐柔できたなら姉を助けることができるかもしれないのだ。
もしかしたら封印を施したロックウェルへの恨みはあるかもしれないが、あくまでもシリィ個人からの依頼として交渉してみるのはどうだろう?
黒魔道士は一般的に報酬次第で仕事を請け負うことが多い。
金銭交渉を行うことで引き受けてもらえる可能性は十分にあるのではないだろうか?
(もしそれが通用しなくても色仕掛けでもなんでもやって落として見せるわ!)
折角藁にもすがる思いでここまでやってきたのだ。
姉を助けるためならできることは全てやろうと思った。
そんなシリィにロックウェルから声が掛けられる。
「シリィ。これから封印を解くが…何があってもいいように、防御だけはしっかりしておくように」
「はい!」
気合十分にスッと気を引き締めシリィが呪文を紡ぐ。
それを確認したロックウェルもまた別の魔法を唱え始めた。
徐々に場の空気が濃密になり、周囲の音が遮断されていく。
(すごい…)
シリィは改めてロックウェルの力を目の当りにし、感嘆のため息を吐いた。
彼は伊達に若くして魔道士長になってはいない。
その能力はやはりずば抜けて高いのだ。
仕事の鬼ではあるが、部下からの信頼も厚く誰もが憧れる存在で…。
そんな彼が認める優秀な黒魔道士―――クレイ。
その姿が今まさに目の前に現れようとしていた。
バシィ……!!
突如空気を引き裂くような衝撃音と共に凄まじい爆風が巻き上がり、同時に凄まじい魔力が放出される。
「きゃっ!!」
そのあまりの勢いに吹き飛ばされそうになりながら、シリィは咄嗟に自らの杖へとしがみついた。
(な…何?!)
防御魔法を使っていてもこの威力。
シリィは未だかつてこれほどの魔力にお目にかかったことがなかった。
「ロ、ロックウェル様?!」
身震いするほどのその魔力に思わずシリィは尻込みし、隣に佇むロックウェルへと不安げに声を掛けた。
けれどロックウェルは何故か呆然としたようにその場に立ち尽くしている。
一体どうしたと言うのか…。
「……ずるいなクレイ…。まさか私にまで隠していたなんて…」
「…ロックウェル様?」
その視線を辿るようにシリィが正面へと目を向けるとそこには一人の黒衣の魔道士が立っていた。
けれどその姿はどこからどう見ても正気を失っているように見え、フードから覗くその目はどこか虚ろで焦点があっていない。
だが何よりもシリィにとって衝撃的だったのはその瞳の色だった――――。
(あの瞳は…!)
「まさか…」
この国に住む者で紫の瞳が意味することを知らない者はいない。
ドラゴンの化身と称された伝説の初代国王レノバインの瞳がまさにアメジストのように美しいものだったと語り継がれているからだ。
その後も紫の瞳は王族に受け継がれたが、レノバイン王のように光り輝くような美しさではなく、藍紫のように落ち着いた色合いが主だ。
けれど今目の前にいるクレイの瞳はまさに伝説のアメジストの瞳そのもののように美しく光り輝いている。
そんないつまでも見つめていたいほど美しい瞳に思わず心奪われてしまいそうになりながら、シリィは慌ててフルフルと頭を振った。
(だめだめ!ここに来た目的を果たさなくちゃ!)
魔力を噴出させ、虚ろに立つその男の周りには彼の使い魔達が飛び回っている。
まるで突然の出来事に戸惑ってでもいるかのように。
このままクレイが正気に戻らなければ使い魔達が好き勝手に動き出すかもしれない。
そうなってしまっては非常にまずい。
「ロックウェル様!しっかりしてください!何か彼を正気に返す手立てを…!」
懸命に声を上げるとロックウェルがハッと我へと返った。
「…すまない。動揺していたようだ」
そうして暫し思案したところで徐にその言葉を紡ぐ。
「私が一時的に魔力の暴走を抑えるから、シリィはなんとかあいつに近づいて眠らせてくれないか?」
「眠らせる?」
「そうだ。そうすれば起きた時点で正気に戻っているかもしれない」
「……わかりました」
それでこの魔力の暴走が落ち着くと言うのならやってみるべきだろう。
そうしてしっかりとシリィが頷いたのを確認した後、すぐさまロックウェルの魔法が発動し彼を拘束し始めた。
「シリィ!行け!」
その言葉と同時にシリィが一気に駆け、クレイへと距離を詰める。
しかし、ババッ!と手をかざし眠りの魔法をかけようとしたところで彼の使い魔が突如攻撃へと転じてきた。
自分の主を傷つけられると思ったようで、攻撃の手が段々激しくなってくる。
これでは防御に徹するより他に手はない。
「くっ…!」
(悔しい――――!)
あと少しで姉を救う手段を得られると言うのに、何故この使い魔達は邪魔をしてくるのか。
「私は彼を眠らせたいだけなの!」
(折角ここまで来たのに諦めたくない!)
絶対に姉を救って見せる。
そのためにクレイの力は絶対に必要なのだ。
ギッと前を見据え、シリィは決意を固める。
(手がふさがっているからって、何もできないと思ったら大間違いよ!)
そして防御魔法を強化させる呪文を唱えた後すぐさま眠りの魔法を唱え始め、そのままクレイへと突進する。
(負けたりなんかしない!絶対に眠らせてやるんだから!)
そしてシリィはその勢いのまま一気にクレイの唇を奪い、眠りの呪文を直接体内へと叩き込んだ。
キュオッ!!という空気を凝縮させるような音と共に、その場に満ちていた魔力が瞬く間に収束する。
そして意識を失い自分の腕の中でぐらりと傾いだ男の体を慌てて受け止めようとして、シリィはそのまま一緒に地面へと倒れ込んだ。
自分の下でぐったりと眠るクレイは意外にも華奢な体つきで、線が細く端正な顔立ちをしている。
(綺麗な人…。なんだか女の人みたい)
額にかかる黒い前髪をはらりと払いながら先程までの瞳を思い出す。
(紫の瞳…すごく綺麗だったな)
もう一度あの瞳を見たい衝動に駆られて、そっとその目蓋へと手を滑らせたところで、後ろからゴホンと咳払いの音が立てられ、慌ててその場から飛び退いた。
「シリィ…」
「ひゃ、ひゃいっ!」
動揺しすぎて声が裏返ってしまったシリィにロックウェルが困ったような顔でその言葉を告げる。
「今のは…婚約者殿には黙っておいた方がいいか?」
「な、何をでしょうか?!」
「キスの件はまあ状況的に仕方がなかったのかもしれないが、その後…押し倒していた事は…」
「だ、誰が押し倒したんですか!私は倒れた彼を支えようとして失敗だけで…他意はありません!」
「……うん、まあ。そういうことにしておこうか」
「ロックウェル様?!」
「わかっている。じゃあクレイは私が運ぶから」
その言葉と共にロックウェルは軽々とクレイの身体を抱き上げた。
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