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93.解き放たれた眷属達
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王妃はカタンという音と共に目を覚ました。
ここに来てから幾日が過ぎたのか…。
自分が誰で、ここがどこなのかすら段々あやふやになってきていた。
そして夜ごと耳元で囁かれるのは同じ言葉――――。
今日もまた、同じように香が焚かれた部屋で同じ言葉を繰り返される。
『お前を助けに来る者を信じるな』
『黒魔道士がお前を殺しに来るぞ』
『黒魔道士を排除しろ』
それは呪詛のように自分の身を覆い尽くしていく。
誰が自分を殺しに来るというのだろうか?
利用していたフェルネスだろうか?
それとも王宮魔道士だろうか?
そもそも自分は何故こんなところにいるのだろう?
華やかな…確かな居場所があったはずなのに…。
(ああ…きっと皆が私を陥れようと蠢いているのね…)
この屋敷にいる者も、自分の元にいずれ来るのであろう黒魔道士も…。
きっと全てが敵なのだ。
それなら自分に寄ってくるものは、誰であろうと排除してしまえばいい。
「排除……。排除するわ…」
「それでいいのです。王妃様」
そうやって今日も男は笑う。
三種の毒を示してこれを使えと囁きを落とす。
一つは指輪に仕込んだ毒針。
もう一つは袖に仕込んだ毒針。
最後の一つは襟元に仕込んだ毒針。
いずれも即効性の毒であると聞かされた。
これだけあればどれかは使えることだろう。
(私はこれで身を護る……)
そして王妃はこの日もまたゆっくりと眠りについた――――。
***
その日の昼下がり、その貴族の屋敷に密やかに王宮魔道士が姿を現し、驚く王妃を素早く眠らせてあっという間にその身を救出するのに成功した。
「母上!」
知らせを聞いてすぐにルドルフが飛んできて、寝台でぐっすりと眠る母の姿に安堵の息を吐く。
王やハインツ、ショーン達も部屋へと駆けつけた。
「具合はどうだ?」
「はい。今は眠らせておりますので何とも言えませんが、只今ロックウェル様をお呼びしておりますので見立てはそれからと…」
「そうか」
そしてクレイと共にロックウェルが姿を見せ、すぐに王妃の傍へと向かう。
「クレイも来てくれたんだね」
ハインツがこっそり声を掛けてきたので、心配だったしなとクレイは短く答え、そのままその場で待機した。
ロックウェルが診るのなら王妃は安心だろうと、ただ見守っていたのだが――――。
「うっ…」
眠っていた王妃が目を覚ましたところで、何となく嫌な予感がしてそっとそちらへと歩を進めてしまう。
「あ…ここは…」
「ここは王宮ですよ。ご気分はいかがですか?ご自分が誰か、お答えになられますか?」
そうやって声を掛けているだけなのに、何故か心配で仕方がない。
「……私は確か誰かの屋敷にいたはずなのに…」
「ええ。ご様子がおかしいと言う話を聞き、お助けしてまいりました」
その言葉と共に王妃の目が大きく見開かれる。
「ロックウェル!!」
クレイは王妃が動くと同時にロックウェルの身を思い切り後ろへと引っ張り、身を入れ替えるように庇った。
毒針を手にした王妃の手がかすかにクレイの肩を掠めていく。
「クレイ!」
「大丈夫だ!」
そしてそれと同時に拘束魔法を唱えてすぐに王妃を拘束する。
「早く王妃に解毒魔法を掛けろ!」
「わかった!」
暴れる王妃にロックウェルが速やかに解毒魔法を掛けそのまま深い眠りへと落とす。
「まだ毒物を所持している可能性がある!油断するな!」
慌てて近づいてきた面々にクレイは荒い息でそう指示を出し、王族を離れさせショーンに調べるよう言った。
「袖にあと二つあった」
「それで全部か?」
「いや…あった!襟口にも…。他は…」
そうやってロックウェルとショーンが検分しているところでクレイがズルッと身を崩す。
「クレイ!!」
ハインツが蒼白になって悲鳴を上げると、そこで初めてロックウェルが事態に気付いて解毒魔法を唱えた。
「クレイ!」
すぐに顔色は良くなりはしたが、クレイはそのまま意識をなくしてしまう。
「全く…無茶をする」
そうしてホッと息を吐いたのも束の間、ここに来てまたクレイの眷属達が騒ぎ始めた。
ざわりと場の空気が動き、その場にいた皆が何事だと慄きだす。
【許せない…】
【我らが主を…】
【誰だ…】
【全て捕えよ…】
【黒魔道士排除の動きを見せる者に罰を…】
【速やかに捕えよ】
【我が主に害なすもの全てに鉄槌を…】
【おやまぁ…これはさすがに温厚な私も同感ですねぇ…】
眷属達の怒りの声に、いつものんびりしているヒュースでさえ怒りを滲ませた声を上げた。
【うっかりなクレイ様だけなら兎も角…大切なロックウェル様にまで手を掛けてくるなど許せるものではございません】
「ヒュ、ヒュース…!」
ロックウェルが慌てて宥めに入るが最早クレイの眷属は暴走寸前だった。
【眷属だけでなくクレイ様の使い魔達も怒り心頭でございます。誰も止めることなどできません】
そう言ってヒュースがひらりとロックウェルの影から飛び出した。
【ロックウェル様はクレイ様をお守りになっていて下さいませ。なに…小一時間で全て捕まえて王宮の広間に集めてみせましょう】
そう言うや否や、ただ人であるはずのルドルフすらわかるほどに物凄い数の魔物たちが一斉に動いたの感じ、皆が恐れ戦いた。
それから五分も立たない内に王宮内が俄かに騒がしくなってくる。
あちらこちらで叫び声がこだまし始めたのだ。
これはクレイが目を覚ますまで事態は収まりそうにない。
「取りあえずクレイを安全な場所で安静に…!」
ここは危険だからと王の言葉で速やかに別室が用意され、クレイを移動させる以外にできることはない。
一先ずその場にいた王族はそのままクレイと同じ部屋に詰めロックウェルが付き添うことにし、ショーンは王妃を監視し、他の王宮魔道士達は王宮の方の様子を見に部屋を出た。
そこには部屋の隅でカタカタと身を震わせる官吏や必死に使い魔と戦う魔道士、そしてひたすら震えながら防御魔法で身を護る魔道士達の姿があった。
何匹かの使い魔は魔道士達によって拘束されたり傷を負ったりしているが、物凄くチームワークがいいので眷属や力ある使い魔が次々とフォローに入り拘束は解かれ、身を護っている魔道士達の防御壁も粉々に砕かれていく。
「皆!落ち着け!黒魔道士排除派でなければ彼らは攻撃はしてこない!」
フォローを入れるようにそう叫びながら第一部隊が手分けして注意喚起していくと、自分は違うと宣言する者がだんだん増え始めた。
そうこうしている内に広間の方にものすごい数の者達が集められ始める。
そこに居るのは貴族や白魔道士などだ。
どうやら彼らは黒魔道士排除派らしい。
「た、助けてくれ!私達は排除派じゃない!」
泣きながら叫んでいる者も中にはいるが、ここで下手に解放できるはずもない。
「それにしてもものすごい数だな」
王宮のどこに走っても溢れんばかりに使い魔達の姿があり、一体どれだけの数がいるのか数えることすらできない。
「正直怖くて仕方がないんだが…」
「眷属の数だけで18体…だったよな?」
一体クレイの魔力値はどれほど高いのだろう…。
そうやって慄いてると、横で面白そうな声が上がった。
「ロックウェル様ったら愛されてるぅ…!」
「馬鹿!そんなのあのやり取りで分かりきってただろ?」
「こら。無駄口を叩かず仕事をしろ!」
「はいはい」
そうして与えられた仕事をこなしていく。
それから程なく、小一時間ほどで騒ぎは収束を見せた。
広間に集められた総勢を見て、王は声もなくすほどに驚きを隠せなかった。
そこにはゆうに百を超える人数が集められていたからだ。
流石にこれを一度に牢に入れるわけにもできないし、どう罰していいのか…。
それよりも取り調べをまずどうすればいいのかさえ分からなかった。
けれどなんとかしないことにはクレイの眷属や使い魔達が納得せず、皆殺し方向に動きそうな気もして途方に暮れる。
彼らを抑えられるクレイはぐったりしていてまだ意識は戻りそうにない。
もしかしたら眷属達の暴走で魔力を大幅に奪われてしまったのかもしれない。
恐れていたことが起こって正直頭が痛くて仕方がなかった。
「一先ず、騒がせて悪かったと謝ろう」
そう皆に声を上げ、もういいかと割り切ることにした。
ここに今いないクレイも悪いのだから、自分の裁量で好きにさせてもらうことにする。
「今ここに集められているのは黒魔道士は王宮に不要だと…そう思っている者に相違ないか?」
そう尋ねると場がザワッと騒めく。
「今日の件はとある黒魔道士が倒れたことによる報復と思ってもらっていい。意見のある者は今なら私が直々に言い分を聞いてやるとしよう。なんでも言ってくるといい」
その言葉に次々と声が上がり始める。
「陛下!突然のあまりの暴挙で我々は困惑しております」
「そうでございます。このような事をするから黒魔道士は信用ならないのでございます」
「このような危険な存在を野放しにしておくのは反対でございます!即刻ご処分をご検討くださいませ」
「お前達の言い分もわかるが、今回の件はお前達の誰かが仕組んだ事なのだ。一概に黒魔道士が悪いわけではない」
「なんと!陛下はお庇いになられるのですか?!」
「これだけの使い魔を抱える黒魔道士でございますよ?危険極まりありません」
「いずれ国に仇なすようになるやも…」
「そうでございます。フェルネスのように王に取り入り裏からいいように国を動かそうとしているのかも…」
「これを機に黒魔道士全てを王宮から一掃し、白魔道士のみになさってはいかがでしょう?」
「左様でございます。黒魔道士の力が必要になればその都度外部の者に頼めば良いのです。所詮黒魔道士。報酬次第でいくらでも動いてくれるでしょう」
王直々に話を聞いてくれるとあって、皆はこれ幸いと口々に黒魔道士について思いの丈を吐き出し始める。
「成る程お前達の言い分にも確かに一理はある。しかし私は今、黒魔道士は白魔道士と同様の価値ある存在と位置付けている。互いに切磋琢磨しあうことこそ国の発展に繋がっていくのだ。それを今回の件で覆す気は毛頭ない」
その言葉に皆がまた騒めくが、王として譲れるものと譲れないものがあるのだと言い切った。
けれどそこでそれならばと声を上げるものが居た。
「陛下のご意思はご立派なれど、それならば今回の件はどう収拾を図るおつもりなのかお聞かせ願いたく」
「何もしていない無実の者までこのように危害を加えられたのでございますよ?」
「そうでございます。せめてこの使い魔達の主を罰してくださいませ!」
そうだそうだと騒ぎ立てる輩に、静まれと声を上げた。
「…今その魔道士は毒を受けて倒れておる。使い魔達が暴走したのもそのせいなのだ」
わかってくれと一応息子を庇うが、そこで暴言を吐く者が現れた。
「それならば好都合ではありませんか。このように危険な者、今すぐ殺してしまえば良いのです」
「それは名案。さすればこの使い魔達も最早霧散致しましょう」
それは悪意となって伝播し、その場にいる者達をそうだそうだと声高にしていったが、この言葉は王にとって許せるものではなかった。
牢に入れたり罰してしまえと言うのならまだわからなくもないが、殺してしまえとはいかがなものか――――。
暴言を吐くにも限度がある。
「…お前達の言い分はそれでしまいか?」
「はい。そうでございます」
「陛下には危険人物の排除を」
「…それは即ち、私に我が子を殺せと、そう言っているのか?」
「は?」
「お前達は私に我が子を殺せと言ったのかと聞いている」
ギラリと怒りに燃える眼差しを向けた王の姿に、ヘラヘラと笑っていたもの達の表情が一変する。
「え?!」
その言葉と共に王が皆へと魔法を唱え始めた。
「お前達の処分を今決めた。皆、縛り上げた後、順に鞭打ち系に処す!」
「なっ…!」
「ひ、ひぃっ!」
「お許しを…!」
広間にいた全ての者達が皆王の魔法で拘束される。
けれどそこで第三者が広間の扉を大きく開け放った――――。
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