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13.翻弄されて自覚に至る
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結局あれから暫く念のためあのストーカー女のことを監視対象にしていたが、もう問題はなさそうだということでそのまま手を引くことになった。
そんな感じでストーカー事件が無事に落着し、尾関の同居の必要性はなくなったと思う。
なんだかんだと尾関との同居生活も長くなった。
とは言え付き合いだしてからの日々は正直戸惑いの連続だ。
自分の気持ちがよくわからないままずるずる同居が続くとなんだか自分が自分じゃなくなるようで、ずっとそれが気になっていた。
『所長は意外と鈍いんですね~』
『うわぁ…尾関さんも大変だ』
調査員達のそんな呆れたような声が頭をよぎる。
誰が鈍感だ!
俺は突然付き合うことになったことに対してまだ慣れていないだけで、尾関が嫌いとか苦手だとかもう抱きたくないとか言っているわけじゃないのに。
問題なのは自分の方で、尾関でないことくらいわかってる。
これまで通りの態度でいられずに、勝手に翻弄されている自分が悪いのだ。
だからここらへんで非日常生活から日常に戻って自分らしさを思い出そうと、思い切って尾関に話を振ってみたのだが…。
「なあ。お前そろそろ家に帰らなくて大丈夫なのか?」
それに対して尾関はさも当たり前のようにその言葉を口にしてきた。
「ああ、あの部屋はもう処分したんだ」
「え?」
「ほら、ストーカーのせいで安全性に問題があるってわかっただろう?なんか気持ち悪いし、あそこに住むのはもう嫌だなと思って親父にも言ったんだよ。そしたらセキュリティがもっとしっかりしたマンションを買って、そこでお前と住めばいいって言われたんだ」
どうやらこれまで住んでいたのは結構いい部屋だったから、すぐに不動産屋で引き取ってもらえたらしい。
「だからさ、今度引っ越すならお前と一緒に部屋を探そうと思ってるんだけど」
ニコニコと笑って言っているが、それは強制同居というものではないだろうか?
これまで不自由を感じていなかったからいいようなものの、他の奴なら迷惑だと叩き出されてもおかしくはない案件だぞと思った。
「お前…勝手すぎ」
「まあいいじゃないか。仕事が別々だから別に四六時中一緒にいるわけじゃないし、家事全般俺がやってるから藍河の負担も特にないだろう?」
「……まあな」
そうなのだ。
掃除洗濯料理その他諸々尾関は全てにおいて完璧で、どこにも文句のつけようがない。
人当たりもいいから問題を起こしたりもしないし、俺の生活ペースを誰よりもわかっているから一緒に居ても邪魔されることがない分楽だったりする。
ただ────全く困ることがないかと言うとそうでもない。
それは物理的なことではなくて……時折向けられる『男』の目がどうしても苦手なのだ。
いつもの友人然とした態度の時は全く気にならないのに、それだけが心臓を弾ませてどこまでも居心地の悪さを感じてしまう。
それが頻繁だったなら悪態を吐いて文句の一つも言いようがあるのかもしれないが、何故か居心地が悪くなったところでスッと尾関はそれを上手に隠してしまうからたちが悪い。
もしも狙ってやっているのだとしたら凄いと思う。
かと思えば夜は夜で積極的に誘ってくるものの、その誘い方は恋人っぽくというよりもあくまでも友人っぽい誘い方だ。
軽いノリで誘われたら俺も気負わずに抱けるからいいのだが、相変わらず抱かれている時の尾関は可愛すぎるのが厄介だった。
なんだか『雄の顔』と『友人の顔』と『雌の顔』を上手く使い分けられ振り回されている気がして、自分のペースを見失ってしまう。
だからこそ一人の時間を取り戻したかったというのに─────。
「……なんかお前がとっかえひっかえ新しい恋人ができてたのが凄いわかった気がする」
こんなに器用なことができるのならそりゃあ誰だって落とせたことだろう。
とてもじゃないが自分では真似できない。
まあ面倒臭そうだから真似したいとも思わないが。
「お前さ、俺じゃなくてもいいんじゃないの?」
こんな芸当ができるのなら恋人なんてより取り見取りだ。
わざわざ自分のような友人なんて選ばなくても、好条件な相手はまだまだいくらでもいるだろう。
恋人じゃなくてまた元のように親友ポジションに戻ったら、このよくわからない感情に振り回されることもなくなるだろうし、これまで通りの関係を続けられる。
そう思ってなんとはなしに口にしただけだったのに─────。
「武尊(たける)?本気で言ってたらさすがに怒るからな?」
(怖っ…!)
普段温厚な奴が怒ると怖いって言うのは本当だな。
尾関の目が怒りに染まってギラギラしていて物凄く怖い。
まさかこんなに本気で怒るとは思わなかった。
軽口の延長線みたいな感覚で言っただけなのに…そこまで怒らなくてもいいだろう?
こんな風に凄まれたらなんとなく言い訳がしたくなる。
「いや…そうは言っても」
「俺は、お前としか付き合いたくないんだ」
けれどきっぱりとそう言い切られて何も言えなくなった。
「……趣味悪ぃ」
思わずげっそりとそう口にすると、尾関はわかってないなと言いながら勝手に俺の隣にやってきた。
「あ~…落ち着く」
そして俺の肩に頭を預けてそんなことを口にする。
「俺さ、これまでの恋人と一緒に居て、寛げたことってないんだよな」
しかも急にそんなことを言い出した。
「…へ?」
「なんかスペックでばっかり見られてるせいか、こう…常に気を遣ってたって言うかさ、気ばっかり張って寛げなかったわけ」
「…………」
「寛げるのは家か、昔の友達と集まってわいわいやってる時か、こうして…お前の隣にいる時だけだった」
(……なんだそれ)
「折角長年の片思いが成就してこうして寛げるお前の隣をゲットできたのに、お前さ、酷すぎないか?」
そして不意打ちのように上目遣いで抗議されて、またしても動揺して思わず手で顔を覆ってしまう。
「なんなのお前…可愛すぎだろ」
「え?」
こんな風に可愛いことを口にされたらいくらなんでも落ちないわけがない。
それこそ、冗談ではなく胸を鷲掴みにされたような気になった。
「あのさ…」
「うん?」
「俺…お前のそういうとこ、かなり好き…かもしれない」
「………え?」
尾関はその言葉にキョトンとした顔で小さく声を漏らす。
「だから、お前がたまに見せる『男の顔』はなんか心臓がバクバクするから苦手だけど、そうやって可愛くされると顔が熱くなるって言うか…その……くそッ」
俺はそこまで言ってから相手が尾関なのになんでこんなこっ恥ずかしいことを口にしているのかと我に返って、そのまま頭を抱えてしまった。
「あ~…もういい!お前さ、明日にでも実家に帰れ。その間ちょっと頭冷やしてるから…」
けれどそこで尾関はいきなり俺を抱き寄せて、これまたこれまでとは全然違う顔で俺に迫ってきた。
「最高…」
「へ?」
うっとりとした表情でそのまま顎を掴まれ、有無を言わさず唇を奪われる。
「んぅ…ッ」
これは流石にまずいと思い、負けじとこちらも応戦する。
このままなし崩し的に尾関のペースに持ち込まれたら、帰れと言っても帰らなくなってしまうだろう。
「ふ…ぅん……。はぁ…」
正直俺としては最初は負けるかという意地の口づけでしかなかった。
けれどそれはいつの間にか変わっていって、どちらからともなく求めあうような口づけへと変わっていた。
煽り煽られ二人の舌が口内で激しく絡まり合い、口の端はどちらのものか判別がつかない唾液が滴り落ちていく。
掻き抱くように頭へと手をやり自分の方へと引き寄せる。
そして互いが満足いくまで貪るように唇を堪能し終えたところで、なんとなく見つめ合ってしまった。
「武尊(たける)…」
そんな風に愛おしそうに呼ばれる自分の名が気恥ずかしくて、誤魔化すように口を袖で拭いながら思い切り睨み上げる。
「…なんだ」
「そろそろ俺の事、本気で好きなんだって自分で気づいてほしいな」
「…は?」
言われている意味が分からなくて、思わず目を丸くして間抜けな顔を晒してしまう。
「だから、『かも』じゃなくて、たけるは俺のことが好きなんだって自覚して?」
「俺が…?」
「うん」
「お前を?」
「うん」
そうやってすべてを肯定されてその場で固まってしまう自分がいた。
けれどすぐさま『絶対ない』と言い切れない自分がいて、何故か冗談で流せない自分もいて─────。
「心臓がバクバクするのも、顔が熱くなるのも、自分らしくいられなくなるのも、全部俺が好きだから…だろ?」
「…………」
「お前がこの関係に戸惑ってるのもわかってるし、焦る気はそんなにないけどさ、お前が俺を好きだってことはもうちょっと自覚してほしいな」
そうして今度は完全に恋人の顔で俺をしっかり捕まえて、色っぽい顔で笑みを浮かべてくる。
「今日は良いけど、今度他の奴に乗り換えろとか言ったら、絶対許さないからな」
そしてがっつり釘を刺された。
どうやらさっきの発言は尾関的には地雷だったらしい。
「もう、なんなんだよ!お前のその根拠のない自信は?!」
自分でもよくわからない感情がお前にわかるなんておかしいと悪態を吐くが、尾関はどこまでも余裕の表情で笑みを返してくる。
「え~…鈍すぎる武尊(たける)が悪いだけだと思うけど?」
「はぁ?」
「俺はそんなお前が大好きだし、時間はたっぷりあるんだから、じっくりわかってくれたらいいよ」
そして嬉しそうにしながら立ち上がり、嫣然と笑った。
「俺の本気を見せてやるから、覚悟しておけよ」
そんな姿に見惚れてしまい、なんだかんだで捕まってしまったのだと自覚した。
「くそっ…!」
きっとこいつからは逃げられない。
弾む鼓動を改めて意識して、『絶対に好きだなんて認めてやらないからな!』と俺は一人心の中で悪態を吐いたのだった。
***************
こんな感じで捕獲された藍河のお話。
弱気からの強気。受けだけど男前。そんな尾関を上手く書けてたらいいなと思います(^-^)
最後までお付き合いいただきありがとうございました♡
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