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そのじゅうご
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心の底に黒い塵が積もっていく。得体の知れない何かが胃を蝕んでいく。目の前の赤に意識が染められていく。
擦る指先に力が入りそうになった瞬間「波瑠」と呼ばれた。小さな、でも異様なほどハッキリと鼓膜に響いた声にパッと顔を上げると、俺を真っ直ぐに見つめる蒼斗と目が合った。
そこには鏡のように映し出されている俺の姿。
あぁ、その瞳に俺だけが映ってる。
その声が俺だけに向いている。
意識も、空気も、蒼斗という全てが今この瞬間、俺だけを見ている。
そう思うだけで心底に積もっていた塵が、胃を蝕んでいた何かが、脳を染めた赤色が、霧散していく。
目を閉じて小さく深呼吸をすれば、身体の中の空気が入れ替わったような気がした。
目蓋を上げれば、一連の様子もずっと見ていたのだろう蒼斗の視線と絡んだ。
暫くして、静寂を纏っていたその瞳が、一瞬だけ揺らいで戸惑いの色を浮かべた。
それから、
「迷子か」
蒼斗がそう呟いた。
俺はその言葉をゆっくりと咀嚼していく。
迷子……。そうかも知れない。
道に迷った犬のように、自分の中の感情をうろうろしている。尻尾を垂らして不安に揺れながら、触れる感情全てに怯えながら安寧を求めるその足は、飼い主を見つけるまで止まらない。止まれない。止めてほしい。
「飼い主が欲しい……」
蒼斗が目を瞠った。その反応を見て俺も吃驚した。
俺……今なんて言った……?
あまりにも自然に口からこぼれた言葉。もう一度頭の中で反芻すれば、忽ち顔に熱が集まってくる。
蒼斗はもう驚いてはいなかった。キョトンとしたその目は俺を見ているようで見てなくて、多分さっきの言葉の意味を掴もうとしてる。
「ま、待って!タンマ!嘘!嘘だから!今の無し!」
「お、おう……」
慌てて蒼斗の肩を押して距離を取った。それから汗をかいて滑りそうなグラスを掴んで一気に煽れば、生姜とライムの香りと共に炭酸が弾けた。
何言っちゃってんの俺!?
飼い主が欲しい!?
待って待って……どゆこと!?いくら自分が迷子の犬と重なったからってそれは無くない!?
一通り心の内に問いかけてからグラスを置くと、中の氷がカラッと崩れた。
「は、波瑠……?」
「待って!」
「はい」
蒼斗の怪訝そうな視線を犇々と感じたけど、俺は自分の言葉に動揺がおさまらなくてそれどころじゃなかった。
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