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卒業式のあと …4
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ルシエルはアルフレッドの手の温かさに、ようやく自分を取り戻していく。
涙が引っ込んで、呼吸も落ち着いたところで、涙を拭おうとしてハンカチが無いことを思い出した。
それに気付いたアルフレッドが、自分のハンカチをルシエルに差し出した。
受け取る事を躊躇したルシエルだったが、アルフレッドが無言でハンカチを差し出し続けるので、恐縮しながらもそれを受け取り、涙を拭った。
「スミマセン、でした」
ようやく落ち着いたルシエルが、アルフレッドに頭を下げた。
今度は、アルフレッドが首を振った。
「いや。……嫌がるそぶりを見せたのに、止めなかった僕が悪い。無理矢理、悪かった。今思えば、僕は君に酷い事をしてばかりだ。これからは、必要以上に近寄らないと誓う。ちゃんと償いもする。だから、嫌わないでもらえたら……いや、避けないでもらえたら」
「ち、違うんですっ!」
さっきの強引さはどこへやら、肩を落として謝るアルフレッドの言葉を遮るように、ルシエルはそう言った。
「……た、ですっ」
「え?」
アルフレッドは小声で何か呟いたルシエルに耳を向けた。
「嫌じゃ、なかったです!」
嫌がっていたとは思われたくない。
アルフレッドの事を嫌うなんて事はない。
(だから、近寄らないなんて言わないで!)
直接そうとは言えないルシエルは、必死に言葉を探した。
「アルフレッド様は、私の……憧れ、なんですっ。嫌じゃ、ないです。嫌いにも、なりません!だから、その……嫌じゃなくて、むしろ、触れられるのは、う、嬉しくてっっ。だけど……だけどっ、そのっ」
無言でルシエルを見ていたアルフレッドは、ルシエルの真意を探ろうとしたが、まさか前世から抱えている深い悩みのせいで性に対して恐怖を抱いているなんて、想像もできなかった。
ただ、嫌じゃないと言われた事は嬉しかった。
触れる事は嫌じゃない、けれど、性的な事はダメだと言われているのだとアルフレッドは理解した。
考えてみれば自分達は男同士で、自分を受け入れてもらえない事は当然なのだ、と。
「……ありがとう」
なんにせよ、ルシエルを泣かせたのは自分の責任だと思ったアルフレッドは再び謝ろうとしたが、思い直して、ルシエルの優しさに対して感謝を伝えることにした。
その言葉に、ルシエルは泣きそうな顔になりながらも、ぎこちなく微笑んだ。
ちゃんと説明出来なかったのに、詳しい事を聞き出そうともせず、受け入れてくれたアルフレッドにルシエルも感謝した。
「そう言えば……ルシエル君を呼んだのは、聞いてもらいたい事があったからなんだ」
ゴホンと一つ咳払いをして、アルフレッドはそう言った。
「ミシェルさんとの婚約の件なんだが……両親に婚約破棄したい事を伝えたら、今はダメだと言われた」
「っ!」
まさかアルフレッドがそんな行動を起こしていてくれた事に、ルシエルは驚いた。
しかし破棄できないのは当然だろう、とルシエルはゲームを思い出した。
「その、婚約破棄をするには、条件があるそうだ」
「条件、ですか?」
「あぁ……僕に、別に好きな相手が現れてその子と結ばれたなら、その時は破棄しても良いと」
アルフレッドの言葉に、ルシエルは頭を鈍器で殴られたような気がした。
アルフレッドの言っている事は、まさにゲームでこれから起こる事ではないか、と。
ミシェルとの婚約に引き続き、婚約破棄のきっかけまで作ってしまった己を、この世から消し去りたいと思った。
そんな訳で、この時アルフレッドがルシエルの事を熱い瞳で見つめていたことなんて気付かなかった。
「そう、です、か……」
「あぁ。ただ、現時点での僕の本気は分かってくれたみたいで、婚約発表は延期することになった。もし今度、婚約を破棄することになった場合のことを考えると……。??ルシエル君?」
アルフレッドは、目の焦点が合っていないルシエルに気付いた。
ルシエルには、アルフレッドの言葉は届いていなかった。
「ルシエル君?どうしたの?」
「えっ?あっ。ご、ごめっ、なさっ。僕、そろそろ帰らなきゃっ」
このままだと、また泣いてしまいそうになって、ルシエルは自分を呼び止めるアルフレッドを振り返りもせず、倉庫を飛び出した。
家に帰り自分の部屋に入るなり、ルシエルはベッドに飛び込んで枕に顔を押し付けて泣いた。
自分は何をしているんだ、と。
ミシェルを助けたくて行動してきたのに、それがすべてゲームにつながる事になってしまった。
(あぁ、そうか)
ルシエルは思った。
ゲームの記憶を持って生まれてきた自分は、ゲームの通りにシナリオを進めるためのコマなのだと。
ゲームの事を考えて自分が何か行動を起こすと、それはゲームの設定を作っている事になるのだ、と。
「ふ、ふっ」
握りしめていたアルフレッドから借りたハンカチを見て、ルシエルは笑いが込み上げてきた。
運命は……設定は変えられない。
ゲームで起こる事は、全てこの世界で起こった事。
つまり、これから起こると決まっている事。
そうじゃなきゃ、あのゲームが成り立たない。
だから変えられる訳がない。
足掻いたところで、無駄なだけ。
アルフレッドのハンカチを顔に当てて息を吸い込むと、アルフレッドと同じ爽やかな匂いがした。
一つ息を吐いたルシエルは、起き上がって机の引き出しを開けた。
引き出しの奥、何度も開いたノートを取り出す。
中身は、誰にも読まれないようにニホン語で書いたゲームの内容。
その表紙をひと撫でしてから、ルシエルはそれを暖炉に放り込んで、火をつけた。
「忘れよう。何もかも」
それから数日後、ルシエル達の終業式となり、夏休みが訪れた。
ルシエルの今までの行動は無駄でなかったと気付くのは、それから少ししてからの事である。
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