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旅の恥はかき捨て …9
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「今、ミシェルさんが部屋に来た」
「えっ⁈」
想像もしていなかった事を言われて、ルシエルは驚いた。
そう言えば、ミシェルがアルフレッドに対して酷い事を言っていたのを思い出して、ルシエルは顔を青くする。
本当にアルフレッドに一言物申したのだろうか、と。
しかし、アルフレッドの口から出たのは、そんな内容ではなかった。
「ちゃんと、言葉で伝えろ、と言われたよ」
そう言ったアルフレッドは、この部屋に入って初めてまともにルシエルの目を見た。
「僕たちには言葉が足りないらしい。ルシエル君の不調は、それが原因だと」
ルシエルは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
ミシェルは何をどこまでアルフレッドに話したのだろう。
「とりあえず今日の事を詫びねばならないな。すまな…」
「いえ!頭をお上げください!アルフレッド様は何も……っ」
「いや、考えてみれば、馬を降りる前、いや、その前からか、僕は君に酷い事をした。……あれで気分を害して体調を崩したと言われれば、納得するしかない。本当に僕は、どうかしていた」
どうやらミシェルは自分の気持ちをバラしたりした訳ではなさそうだと、ルシエルは安堵した。
しかし、まだ緊張を解くことは出来ない。
さらに一筋、背中を汗が伝う。
「これからは、君に必要以上に近寄らないと誓う。まぁ、ミシェルさんと婚約破棄すれば、もう会うこともなくなると思うが……」
--会うこともない
その言葉を聞いて、ルシエルは頭が真っ白になる気がした。
自分が拒絶されたような、そんな気持ちになった。
「な、なぜ、そのようなことを……仰られるのですか?」
ルシエルの言葉にアルフレッドは苦しそうな顔を返した。
「君にとって、僕は気持ち悪いだろう?」
「そ、そのような事は」
ルシエルはアルフレッドがこのまま離れていくのが嫌だった。
それは、ミシェルのためか、自分のためか、真っ白になった頭では分からなかったが。
とにかく、必死に頭を横に振った。
「でも君は、気分を害して……こうして伏せっているのだろう?僕が……君に触れたりしたから」
「あ、あれは……っ」
アルフレッドから抱き締められた事をルシエルは思い出した。
気持ち悪い訳がない。
むしろ嬉しかった。
「その前も、何度か君に不躾に触れた。……すまない」
謝ることじゃない、そう言いたいのに。
いままで散々失敗してきた自分を不意に思い出して、ルシエルは何も言えなくなった。
変な事を言ってさらに関係がこじれたら、と思うと、言葉が出てこなかった。
「僕は、おかしいんだ。君を見たら、君に触れたくなる」
アルフレッドの告白に、ルシエルの心臓は痛いほどに跳ねた。
触れたい、と求められるのは嬉しい。
「こんな気持ちは初めてで、どう表現していいか分からない。けれど、多分、僕は、君が……」
そこでアルフレッドは言葉を区切った。
ルシエルは必死で頭を働かせる。
アルフレッドの言ったことの意味を理解しようとするが、どうも頭がまとまらない。
そう言えば、湖でも「触れたい」と言われたことを、ルシエルは思い出した。
「ふ……触れるのは、構いません」
それがルシエルの頭に浮かんだ素直な言葉だった。
しかし、その言葉が気に入らなかったのか、アルフレッドがルシエルをキラリと睨んだ。
「君は……分かっていない」
また、何か変なことを言ったんだ。失敗したんだ。と、ルシエルは震えた。
気を抜いたら、涙が出そうな気がして、奥歯をギュッと噛み締める。
「ミシェルさんの言う通り、ちゃんと言葉にしないと伝わらないな」
一つため息をついて、アルフレッドがゆっくりと立ち上がる。
そうしてルシエルを見下ろした。
「僕は、君が欲しいんだ。君の、身体も、心も、欲しい。触れたいとは、そう言う意味だ。……この意味が分かるか?分かったら、君もむやみに僕に近寄らないだろう?」
ルシエルは口を開く。
何か言いたい、けれど、何も頭に浮かばない。
アルフレッドがルシエルに背を向けた。
「僕は、君のことが……好き、なんだ」
そのまましばらく沈黙が続いた。
ルシエルは自分の心臓がうるさいほど音を立てているのを聞いた。
「明日、君に花畑を案内する予定だったが、僕の代わりにここの執事に頼んでおくよ。……じゃあ、おやすみ」
アルフレッドはそのままルシエルの顔を見ずにドアの方へと歩き出した。
ルシエルは口をパクパクさせた。
アルフレッドを止めたい。何か言いたい。なのに言葉が出てこない。
遠ざかる背中を見て、涙が溢れた。
アルフレッドに言われたことを反芻して、身体が震えた。
戯れで触れているのだと思っていた。
なのに、好きだ、と言われた。
冷えていた胸に温かい何かが溢れて、ミシェルに言われた"自分の幸せ"という言葉がどこかから聞こえた。
自分は幸せになれるのか。
自分の幸せとはなんなのか。
考えても分からない。
けれど、今分かるのは、その背中を追いかけたいというその思いのみ。
今動かなければ、一生後悔する。
そんな思いに駆られて、ルシエルは頭で考えるより先に、ベッドから飛び降りた。
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